大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

「人」は最強かつ、最も恐ろしいメディア

   

ずいぶん前のことになります。
プロボーカリストが多数出演するセッション・イベントの
リハーサルでのこと。

ボーカリストが次々とステージに昇って、
ミュージシャンたちに譜面の行き方などを説明し、
自分が選曲したお気に入りのカバー曲を歌っていました。

リハーサルも中盤、見かけない男性ボーカリストがステージに昇り、
ある有名な曲を歌いはじめました。

ところがです。

その歌が酷いのです。

声が全然出ていない。
メロを間違えている。
ピッチが安定しない。
構成もわかっていない。
歌詞カードから一瞬も目を離さないのに、英語がめちゃくちゃ。。。

 
本番当日のリハーサルで、プロの歌う歌ではありません。
一体全体、なんでこんなアマチュアを連れて来ちゃったのだろうと、
ステージを見ていた会場全体が、嫌なムードになりました。

 
そのとき、私の隣に座っていた女性ボーカリストが、
フォローするかのように、私に耳打ちしました。

「彼ね、今度、デビューが決まっているTというバンドのボーカルなのよ。
かなり期待されているみたいよ」

 
日頃、オリジナル曲しかやっていないから、
カバー曲をやる、セッションというものの準備の重要性が
わからなかったのかもしれません。

「所詮、カバー」と舐めたのかもしれないし、

単純に、多忙すぎて練習する暇がなかったのかもしれない。

イベントを盛り上げようとした主催者が、
デビューの決まっていた彼を無理矢理呼んだのかもしれないし、
彼の人気を借りて、ファンを増やそうと思ったのかもしれない。

 

事情はわかりません。
理由はどうでもいいのです。

ただ、「彼の歌は、信じられないくらい酷かった」という記憶が、
その場にいたミュージシャン全員の頭にインプットされただけです。

悪い噂はあっという間に広がります。

一度でも、こんなことをしてしまうと、
その場に居合わせた人は、次にどこかで彼の名前が挙がるたびに、
その時のことを思い出すでしょう。

思わず、「彼ねぇ。。。歌、どうかなぁ。。。」とか、
「以前ちょっと一緒にやったことあるけど、
真面目に準備できるタイプじゃないかもね。」などと、
言ってしまう人もいるかもしれません。

 
ちなみに、彼のバンド、Tはその後一躍有名になりました。
テレビで見かけた、彼のパフォーマンスは、
同じ人物とは思えないほど素晴らしく、
最早、そんな過去など、思い出す人もいないでしょう。

しかし、それは、彼が有名になったから払拭できたこと。

「人」というメディアは、
それぞれ独特の観点から、さまざまな補足を加えて、
気ままに情報をまき散らすもの。

基本、よくない噂を、人は、そう簡単には忘れてくれません。

 

一方で、いい噂もどんどん広がります。

先日、ミュージシャン仲間と食事をしていたら、
とあるプレイヤーさんが、こんな話をしていました。

「この間、Rちゃんって若い子とやったんだけど、歌が素晴らしいのよ。
ものすごい伸びしろがあって、
MISUMIも一度聞いたらびっくりするよ」

同じ子の名前が、直後に、別の人のSNSで、
「先日、ライブで見かけた素晴らしいシンガー」
という形で紹介されていました。

おそらく彼女は、2〜3年のうちに、どんどん有名になるでしょう。

このご時世、
「人」は最強のメディアでもあるのです。
口コミは、こと拡散力においては、テレビや雑誌、ラジオなどのメディアとは、
比べものになりません。

しかし、人は、もう、マスメディアに書かれていることを鵜呑みにはしない。
買い物ひとつするにも、ネットのレビューや口コミをチェックして、
宣伝要素を排除した、ユーザーのリアルな声から情報を得ようとします。

 
まして、リアルに繋がっている人や、
オピニオンリーダー的存在の人から聞くことばの説得力はすさまじい。

人は、そんな説得力のあることばに、即反応して、行動を起こすものです。

 

だからこそ・・・

人と一緒に演奏したり、
人前で何かを発表するときは、
それがどんなに小さな機会であっても、
たとえ、リハーサルであっても、
常に、常に、自分のベストを尽くす、
悔いを残さない努力をすべきなのです。

(もちろん、理由がそれだけであっていいはずもないですが)

 

一緒に演奏した人や、お客さん、スタッフたちの口から、
どんな風に自分という人間の情報が伝わるか?

その人が誰かに話したくなるような、
素晴らしい演奏ができているか?

その人が、誰かに「若くて、いいボーカリスト(プレイヤー)知らない?」
と聞かれたときに、ふと脳裏をよぎる存在になれるのか?

それとも、
全く思い出してもらえない、薄い存在感しか与えられていないのか?

まさか、思わず人に愚痴りたくなるような、
酷い印象を与えていないか?

 

ライブやイベント、レコーディングはもちろん、
リハでも、レッスンでも、クリニックのような場でも、
その場にいる人がすべて、メディアであるという視点を忘れないこと。

もっともっと認められたい、
人に知られる存在になりたいと考えている、
すべてのプレイヤー、ボーカリストに、肝に銘じて欲しいことです。

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 - プロへの突破口

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