大槻水澄(MISUMI)ブログ 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

その瞬間、ちゃんと声出してますか?

   

一昨年の夏。満員電車の車内でのこと。

入口付近に、憔悴したようすのお年寄りが立っていました。

 

つり革にしがみつくように立っているお年寄り。

「あーあ、誰か席をゆずってあげればいいのに」と思いながら、
ときどき、気にしていると、

急に、そのお年寄りが、口から唾液のようなものを、
だーっともどしはじめたのです。

あきらかに尋常な状態ではありません。

その時、私は、そのお年寄りから、少し離れた位置にいて、
間に何人もの人が立っていました。

あ!と思う間もなく、
お年寄りは、その場にしゃがみ込んでしまいました。

ところが、誰1人、声をかけてあげようともしません。
それどころか、お年寄りから離れていく人さえいる。
 

私は、間に立つ人たちをかきわけて、
お年寄りに近寄り、「大丈夫ですか?」と声をかけました。

すると、急に、まわりにいた人たちが、
「お加減悪いんですか?」
「誰か呼びますか?」

と声をかけ始めたのです。

 

「あぁ、みんな、ほんとは声をかけたかったんだな」。

なんだか、ほっとしました。

と同時に、
「でも、なんで、みんな、もっと早く声をかけてあげなかったんだろう?」
そんな疑問が浮かびました。

 

 

間もなく到着した駅で、大きな声で車掌さんを呼び、
電車を止めて、お年寄りをおろしました。

「危険だと思うので、救急車呼んでください!」と、
お願いしたけれど、その後、どうしたでしょう。。。

 

さて、わたくし、

日々、さまざまな場所で、さまざまなシーンに遭遇し、

「なんで、このタイミングで、みんな、声、出さないの?」

という疑問を持つことが、多々あります。

 

 

たとえば、おなじく、満員電車の車内。
降りたいのに、人に出口付近をふさがれて身動きが取れないとき。
なんで、一言、「すみません。降ります」と言えないで、
ぐいぐい押してくるのか?

 

たとえば、道ばたで、こどもたちが、車道付近でふざけていたり、
傘を投げつけ合ったりと、どう見ても危険な遊びをしているとき、
なんで、「こらっ!あぶないから、そんなことをしちゃダメよ」と、
言わないで、「あぶないわねぇ。ああいうの」と、
もごもご言うのか?

 

たとえば、目の不自由な人が、電車に乗ろうとしていて、
または、道路を横断しようとしていて、どう見ても、困っているのに、
なぜ、「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」の一言も言えずに、
ちらちらと振り返るだけで、その場を去って行くのか?

 

・・・etc.etc….

 

数限りなく、こんな場面に出会い、
なんとも淋しい気持ちになってきました。

 

こんな風に思うのは、私が江戸っ子だからなのか、
おせっかいな性格だからなのか、
それとも人一倍、声で自分を表現するのが得意だからか・・・

 

そのすべてかもしれません。

 

でも、ひとつだけ言えること。

それは、「声を出すのは習慣である」ということです。

 

「ありがとう」も、

「ごめんなさい」も、

「おかげさまで」も、

たぶん、「幸せだね」も、

 

全部、習慣です。

 

発声は反射的に起こるもの。

誰かのために、ことばをかけるのに、
ブレーキをかける必要なんか、ひとつもないはずです。

 

ひとつでも、思い当たるな、と思ったあなた。

明日から、まずは、「すみません。降ります」からでも。

声出していきましょうっ!

 

そして、そんな大切な習慣を、どんどん広めましょうっ!

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 - Life

Comment

  1. ERU より:

    本当に,声は出さないと,どんどん出にくくなっていく気がします。ありがとう。おはようー。Hello。からはじめよう!素敵なメッセージありがとうございます。勇気付けられます。

  2. otsukimisumi より:

    >ERUさん
    コメントありがとうございます。
    とても励みになりますっ!

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