大槻水澄(MISUMI)ブログ 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

よどみなく、 迷いなく、 明確に。

   

「先生」と呼ばれる立場になって、
しみじみ、「先生」というもののあり方を考えるようになりました。

 

私は、「先生」とは、道を志すものの、
道しるべのような存在であると考えています。

 

もちろん、一定期間、伴走する場合もあるでしょう。

中には、人生の折りに触れ、必要としてくれる生徒もいるでしょう。

 

しかし、大多数の「教え子たち」にとって、
「先生」とは、その刹那、
自分にとって必要な知恵や考え方を授けてくれるにすぎない存在。

 

それぞれが人生を歩んで行くうちに、

やがて、そんな道しるべは、遠く、下の方に霞んで見える。
過去の記憶の中に埋もれてしまうことさえある。

 

私たちにとっても、過去に出会ってきた多くの「先生」が、
そんな存在であったはず。あるはず。

 

だからこそ、私たちにできること、
私たちがすべきことは、
今、彼らにとって最善と、
少なくとも自分が信じられることだけを、

選りすぐって、
よどみなく、
迷いなく、
明確に、
誠心誠意、

伝えていくこと。

それだけなのですね。

 

自信は必要です。

ある程度の自負もあっていい。
けれどもそこに、
おごりがあってはならない。
 

教えを受けに来る人たちを、
見下したり、
見くびったり、
軽んじたりすることは、
絶対にあってはならない。
 

尊大に振る舞うほど、
傲慢になるほど、
押しつけがましくするほど、
 
「先生」というマスクの裏に隠された、
 
弱さや、
自己嫌悪や、
フラストレーションが透けて見える。

 

知識をひけらかしたり、
勲章を並べ立てたり、
技術を見せびらかしたりするほど、
 

不安の向こうに、
「先生」のいやらしい素顔が見える。

 

そんな、安っぽい、
当てにならない道しるべに、
誰が自らの運命をゆだねるでしょう?

 

「先生」という役目は、人にいただくもの。
 
それは、役割のひとつであって、
自らのアイデンティティではない。

 

逆に言えば、自分自身のアイデンティテイを、
きちんと確立できたもの、
極められたものだけが、
真の「先生」という存在になれるのかもしれません。

 

長い道のりを歩いています。

 

教え子たちの行く道の傍らに立つ道しるべ。

そんな名もない存在だからこそ、
いっそうの責任を感じ、謙虚に精進するのみです。

コアでマニアックなネタを中心に不定期にお届けしているヴォイトレ・マガジン『声出していこうっ!me.』購読はこちらから。

 - ボイストレーナーという仕事

  関連記事

「そこに愛はあるか?」

同じ音楽家の先輩として、 生徒たちを指導しながら、自分自身の過去を追体験すること …

弟子と生徒とクライアント

「あぁ、○○ね。あいつはオレの舎弟だから。」 「ありゃオレの弟子だよ。」 ミュー …

人を本当に育てるのは、反骨心や反抗心だ!

ミュージシャン仲間に、有名なおしどり夫婦と呼ばれたカップルがいました。 旦那さん …

「5才のこどもにもわかるように説明しろ!」

学生時代、授業のためにと、 さまざまな本を購入するように言われました。 難しい名 …

メソッドよりも大切なこと

「なんて凡庸なんだろう。。。」 数年前、それまで長い年月をかけて試行錯誤を繰り返 …

「教える者」のゴール

生まれて初めて「新入生」に会ったときのことを今でもハッキリと覚えています。 &n …

「練習」とは「工夫すること」

楽器や歌を習得したい。上達したい。   しかし、実際、何からはじめたら …

音楽には、優劣も卑賤も上下も、な〜んにもない!

ものすごく当たり前のことなんだけど、時々、ちゃんと確認しておきたいこと。 &nb …

「欲しい本が見つからなかったら、自分で書け」

「わからないこと、困ったことがあったら本屋に行け。 世の中には、自分と同じことで …

昨日はボイス&ボーカル・クリニックでした!

さまざまな理由から、日頃、レッスン予約をお受けできない一般の方のために、 少しで …