自分にできることを淡々と。

熊本地震に被災されたみなさま、
まだまだ揺れがおさまらず不安な夜を過ごしていることと思います。
心からお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

 

地震のことについて書くのはこれがはじめてです。

実は東日本のときも結局、何を書いたらいいのか、
私が書くことでなにか役に立てることはあるのか、
あまりに考えすぎて、結局SNSでは1行も言葉を発さずに過ごしました。

何を書いても、なんだか歯がゆい気持ちになります。

ネット上は、有益な情報と同じくらい、ノイズにあふれています。
単なる二次情報を拡散することに、意味を見つけられません。

となると、なにかを発信するのは、
自分がどう思われるかということを気にしての
パフォーマンスなのじゃないかと思えたり、

そもそも、そんなことを考えること自体が、いやらしいと思えたり。

 

そんな風に思ってしまううちは、
黙って淡々と自分のやるべきこと、やれることをやろうと決めました。

 

現地の知り合いなどの安否を確認する。
周囲の友人たちなどに被害はなかったかを確認する。

 

自分にできることは何かを考えても、
リアルに役にたてることはほとんどありません。

東日本大震災のときも、思いあまってボランティアに行こうかと、
いろいろと調べましたが、
力もない、運転もちゃんとできない、体力もたいしてないような人間が行けば、
かえって迷惑になるだけです。
食品などは輸送手段がある人のところに送ることもできますが、
運べる物資に限りがあるでしょう。

そうなると、やはり、最も確かなのは、お金を届けること。

どこの窓口に、どのように送ったらいいのかを調べ、そこへお金を送ること。

継続してお金を送れる、自分なりの仕組みを考えること。

特定の仕事のギャラなどを支援金に充てることに決めたり、
毎月引き落とされるようにしたり。

金額も自分の寄付したお金で何が買えるのか具体的にイメージすれば、
適正な金額がわかります。

納得できる署名運動などは参加します。

本当に有益と思える情報は流します。
今回の状況を見て、自宅の非常用の装備も確認します。

 

それだけです。今、私にできることはそれだけです。

後は、ただ、淡々と、自分のすべきことを一所懸命やるだけ。

そして、祈るだけです。

 

 

東京で生まれ、こどもの頃から嫌と言うほど地震の恐ろしさをたたき込まれてきました。
小学校の高学年のとき、地震が怖くて、夜も眠れない、
今から思えばある種のノイローゼになった時期さえありました。
東京は地震があるからと、学生時代は関西への移住を考えたことさえあるくらいです。
ところが、阪神淡路、十勝沖、東日本、そして、今回の熊本。

日本は根っこのところでひとつに繋がっているのだと、感じる日々です。

 

日本人の心も、ひとつに繋がっている。
そんな風に思っています。

 

がんばろう、ニッポン。

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