なんで、ずれないんですか?
レコーディングの現場で頻繁につかわれることばに、
「ダビングする」、「ダブる」、
もしくは、「ダブルにする」というのがあります。
「オーバーダビング」の一種で、
すでに録音した音に対して、同じ音を重ねて録る、
ダブルで録音することを言います。
例えば、たった今歌った歌に、
まったく同じに歌った自分の歌をかぶせる。
歌の印象を変えたり、音響的な効果を得るために行います。
一昔前には、
シンガーの歌のピッチやリズムがどうしてもよれるからと、、
私のようなレコーディング系シンガーが、
「補強目的」でダビングする、
というようなこともありましたが、
最近では、その辺はテクノロジーのお仕事になりました。
さて。
このダビングをするときは、
ヘッドフォンの中で、
たった今歌った自分の歌を聞きながら、合わせることになります。
ごく素直な、普通の歌なら、
同じように歌えば、勝手に合うのですが、
アドリブを交えたり、
音色やダイナミクスを変化させたりと、
思いきりニュアンスを出して歌った歌をダブるのは、
それなりに慣れや技術が必要な作業です。
そもそも、自分の声の上に、自分の声を重ねるわけですから、
ダブルでずれると、
せっかくのニュアンスやアドリブが潰れて、
台無しになってしまいます。
ところが、慣れてくると、
左耳でさっきの歌を聴きながら、
右耳で今の歌をモニターしながら歌って、
ピタリと合わせる、というようなことが、
苦もなくできるようになる。
これって、ちょっと変だと思いませんか?
「さっき歌った歌を聴きながら、
その歌に合わせて歌う」。
ここにタイムラグは起きないのか、
という疑問が生まれないでしょうか?
音譜の長さを合わせて切る、
ビブラートを合わせる、
細かいアドリブやニュアンスを合わせる…etc.
一旦自分の耳から入った情報を、
脳が「ほうほう、そうかいな」と受け取って、
「じゃ、こんな感じで歌ってね」と運動系の神経に伝達して、
それを、声に出して歌う。
同時通訳程度のタイムラグは、
起きて当然じゃないかと思いませんか?
ところがね。
人間の脳は、いや、人間というものは、
もうびっくりするくらいフレキシブルにできています。
この芸当を、
ほぼ完璧なタイミングでやれてしまうのです。
時には、「え?今歌ってますか?」
と言われるくらいピタリと合ってしまって、
「すみません。あまりにもぴったりで効果が出ないんで、
ちょっとだけズラして歌ってもらってもいいですか?」
などというリクエストを受けることさえあります。
そのたびに、人間の脳の力、カラダの力って、
すごいものだと感動するわけです。
楽器の音に合わせるのも同じ。
聞きながら、聞いている音に合わせて歌う。
基本中の基本のようですが、
これも、人間の脳の素晴らしい働きがあってこそ、
可能になることです。
もちろん、訓練は必要です。
集中して聞く。
合わせようと、努力する。
録音して、タイミングやピッチがずれていないかを確認する。
修正すべく、再度集中して聞きながら、歌う。
このトライ&エラーを繰り返すことが、
脳を目覚めさせ、
タイムラグをなくす唯一の方法です。
脳やカラダは、必ず、応えてくれる。
まずは、そう信じることからはじめてみましょう。
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