大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

なんで、ずれないんですか?

   

レコーディングの現場で頻繁につかわれることばに、
「ダビングする」、「ダブる」、
もしくは、「ダブルにする」というのがあります。

「オーバーダビング」の一種で、
すでに録音した音に対して、同じ音を重ねて録る、
ダブルで録音する
ことを言います。

例えば、たった今歌った歌に、
まったく同じに歌った自分の歌をかぶせる。

歌の印象を変えたり、音響的な効果を得るために行います。

一昔前には、
シンガーの歌のピッチやリズムがどうしてもよれるからと、、
私のようなレコーディング系シンガーが、
「補強目的」でダビングする、
というようなこともありましたが、
最近では、その辺はテクノロジーのお仕事になりました。

さて。

このダビングをするときは、
ヘッドフォンの中で、
たった今歌った自分の歌を聞きながら、合わせることになります。

ごく素直な、普通の歌なら、
同じように歌えば、勝手に合うのですが、
アドリブを交えたり、
音色やダイナミクスを変化させたりと、
思いきりニュアンスを出して歌った歌をダブるのは、
それなりに慣れや技術が必要な作業です。

そもそも、自分の声の上に、自分の声を重ねるわけですから、
ダブルでずれると、
せっかくのニュアンスやアドリブが潰れて、
台無しになってしまいます。

ところが、慣れてくると、
左耳でさっきの歌を聴きながら、
右耳で今の歌をモニターしながら歌って、
ピタリと合わせる、というようなことが、
苦もなくできるようになる。

これって、ちょっと変だと思いませんか?

「さっき歌った歌を聴きながら、
その歌に合わせて歌う」。

ここにタイムラグは起きないのか、
という疑問が生まれないでしょうか?

音譜の長さを合わせて切る、
ビブラートを合わせる、
細かいアドリブやニュアンスを合わせる…etc.

一旦自分の耳から入った情報を、
脳が「ほうほう、そうかいな」と受け取って、
「じゃ、こんな感じで歌ってね」と運動系の神経に伝達して、
それを、声に出して歌う。

同時通訳程度のタイムラグは、
起きて当然じゃないかと思いませんか?

ところがね。
人間の脳は、いや、人間というものは、
もうびっくりするくらいフレキシブルにできています。

この芸当を、
ほぼ完璧なタイミングでやれてしまうのです。

時には、「え?今歌ってますか?」
と言われるくらいピタリと合ってしまって、
「すみません。あまりにもぴったりで効果が出ないんで、
ちょっとだけズラして歌ってもらってもいいですか?」
などというリクエストを受けることさえあります。

そのたびに、人間の脳の力、カラダの力って、
すごいものだと感動するわけです。

楽器の音に合わせるのも同じ。
聞きながら、聞いている音に合わせて歌う。

基本中の基本のようですが、
これも、人間の脳の素晴らしい働きがあってこそ、
可能になることです。

もちろん、訓練は必要です。

集中して聞く。
合わせようと、努力する。
録音して、タイミングやピッチがずれていないかを確認する。
修正すべく、再度集中して聞きながら、歌う。

このトライ&エラーを繰り返すことが、
脳を目覚めさせ、
タイムラグをなくす唯一の方法です。

脳やカラダは、必ず、応えてくれる。
まずは、そう信じることからはじめてみましょう。

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