音楽を「職業」にしないという選択
若い頃から音楽を志して、寝る間も惜しんで練習や創作、
ライブ活動に打ち込んで来た人にとって、
音楽を仕事にするか否かは、人生の大きな岐路ともいえる選択です。
音楽を仕事にしたいのは山々だけど、それじゃあ食べて行かれないのでは?
音楽で仕事なんて、そんなうまく行くわけがない。
所詮、自分にはプロになるなんて無理だから・・・・。
そんな後ろ向きな理由、「音楽を挫折した」態で、
就職したり、結婚したりした人も多いのではないでしょうか?
ちょっと待って下さい。
今日はポジティブに、「音楽を仕事にしないという選択」のお話をしましょう。
トロントやニューヨーク、ロンドンで武者修行をしていた時のことです。
「MISUMIは、どんな仕事をしているの?」
という質問をよく受けました。
日本でCMやコーラスのさまざまなレコーディングに参加し、
また、サポートミュージシャンとしてツアーも回って、
自分では一通りのキャリアを積んだプロフェッショナルの自負がありました。
胸を張って「プロのヴォーカリストです」と言える自分に、
もちろん誇りも持っていました。
ところがです。
彼らに自分の仕事の内容を説明すると、
「OK。で、あなた自身のキャリアの方はどうなの?」
と、必ずと言っていいほど、聞き返されるのです。
最初は意味がわかりませんでした。
こんなにキャリアを積んでいるのに・・・
もしかして、私の知っている「キャリア」という意味と、違うのかしら?
そう思って辞書を引いたこともあります。
しかし、彼らの質問はこうなのです。
「あなたは自分のバンドで歌っていないの?
自分の名前や自分のバンドでのキャリアはどうなの?
ライブとかやっていないの?」
もちろん、学生時代から数々のバンドをつくっては壊し、
ライブもそれこそウンザリするほどやり、
オリジナル曲もカバー曲も、さんざんレコーディングを繰り返していました。
結果として、プロとしての道がどんどん開け、
お仕事こそ売れっ子といわれ、忙しくやっていたものの、
がんばるほどに、自分自身がアーティストというよりは、
プロ、つまり職業ミュージシャンになっていってると感じてしまったのが、
当時の私のジレンマでもありました。
それが、休職、そして渡米へと自分自身を駆り立てた動機でもあったのです。
「もちろん、バンドでライブをやっているわ。
ライブハウスなどでは、結構お客さんも入るのよ」
それこそが、彼らの聞きたかった質問の答えです。
「だよね」、と満足げに頷いた次の質問は決まっていました。
「それで生活できる?」
欧米の人たちにとって、お金を稼いでいようと、いまいと、
音楽で自分のキャリアを築いている人が「ミュージシャン」。
そして、それで生活が成り立つ人こそがクール。
仕事として音楽をやっている人は職業ミュージシャンであって、
それは、他のさまざまな仕事をやっている人たちと同じ。
つまり、「手に職がある」というのと変わらない扱いです。
一方で、日本では、どんなにバンドをがんばっていようと、ライブをやっていようと、
お金を稼いで、それで生活できなければ「ミュージシャン」とは呼んでもらえない。
ある程度お客さんが呼べるような人でも、世間的には「フリーターで音楽やってる子」。
ミュージシャンを職業と認定されるのは音楽で生活をしている人だけで、
それ以外は、アマチュア、とか、セミプロとか呼ばれる。
反対に、たとえカラオケのコーラスをやっていようと、
営業のお仕事で歌っていようと、
お金を稼いでいれば、世間的には「プロ」と認められる。
確定申告の職業欄にも胸を張って「音楽家」と書ける。
日本人は、お金を基準でその人の「仕事」を一方的に決めつけるようなところがあります。
プロだ、アマチュアだ、とタグ付けしたがるのも、
実力や、クオリティよりも稼いだお金の金額で人をランク付けしたがるのも日本人。
しかし、ニューヨークで出会った音楽家たちは、
ウェイトレスをしていようが、タクシー運転手をしていようが、
おみやげ物を売っていようが、
みんな「仕事はなに?」という質問に、胸を張って答えます。
「私はシンガーなの」
「僕はミュージシャンなんだよ」
「なかなかそれでは生活できないからね。
食べるためにいろいろやってるけどさ。」
私は食べるために音楽の仕事をしてきたのに、
ただラッキーで音楽の技術でお金を稼げただけなのに、
「プロだ」といい気になっていたのかもしれない・・・
漠然とむしゃくしゃいていたことの答えが、
武者修行を経てみつかった気がしました。
食べるためだけの「職業」なら、きっとなんだっていい。
たまたま、音楽の技術で食べられたら、それはラッキーかもしれない。
でも、それがイコール、自分自身の、
ミュージシャンとしてのキャリアであるかは別の問題です。
それで生活できる、できないに関わらず、
自分自身の音楽のキャリアをひとつひとつ積み上げることこそが大切なのかもしれない。
そんな発想で、これからのことを考えてみるのもいいのではないでしょうか?
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Comment
そうです。
日本のプロ、アマの解釈にこの5年ほど悩まされてました。
そんな事に捉われずに、これからも音楽に邁進したいと思います。
ありがとうございます♫
知り合いの音楽家さんのシェアから寄せていただきました。とっても素晴らしい納得出来るご意見をよませていただき感謝です。
>井上 暁さん
ありがとうございます!嬉しいです。
>さとしさん
こちらこそ、ありがとうございます!
途中で送信してしまいましたm(_ _)m
私は逆に環境やその他の様々な理由から、自分で「選んで」職業ミュージシャンでいるのに、ミュージシャンと名乗らないことを周囲から不思議がられていましたが、今後は違いを上手く説明出来そうです 笑
どんな職業についてもそれに近いことがいえるのではないでしょうか。
私も「職業は?」と聞かれた時、すんなりと言葉に出ないことがあります。
それかについて言えば、海外でのほうが 簡単に伝え易い事があります。
日本人の「職」意識感に常にすっきりしないものを感じております。
久々に、良いご意見を読ませていただきました。
匿名でコメント申し訳ありません。
自分の音楽で体を成してなければそれはキャリアとは呼べないと思います。
それは日本でもアメリカでも変わりません。
キャリアという言葉の解釈もありますが、他人から見ても分かる形が
”音楽のキャリア”と呼ばれる、それは世界共通の認識だと思います。
MISUMIさんが職業ミュージシャンであろうが何だろうが積み上げて形にして来たものが間違いなくアメリカでも言うキャリアです。
自分の音楽活動をしていようが、それがあまり知名度に繋がっていない
自称ミュージシャンであればそれこそ、
音楽を生業としてる人にとって
『それで自身のキャリアはどうなの?』は滑稽な話です。
アメリカの方が厳しいですよ、人の見方は。皆言葉にする機会はないですが。
第一線や二線で活躍してる人達であればなおさらです。
プロではない学生の間なら話は分かりますけれども. . .
MISUMIさんの文面にあるその彼ら?の言葉が
少し特殊すぎて違和感を覚えてしまいました。
申し訳ないですが、これをアメリカと思うのは少し違う様な気がします。
コメント不快であれば消去して頂いて構いません。
大変失礼致しました。
>匿名ですみません様
ひとつの選択肢として書いたつもりですので、偏った意見と聞こえたとしたら私の力不足です。申し訳ありません。
アメリカ、カナダ、イギリスの、一線で活躍するミュージシャンや、業界人たちと、私が実際に交わした会話を元に書きましたが、
いろいろな意見の方がいらっしゃるのが自然だと思います。ご意見ありがとうございます。
>ゲンジョウさま
コメントありがとうございます。
日本では、伝統的な職業意識と、欧米から入って来た新しい職業観が、まだうまくバランスが取れていないのかもしれません。
>Yuka Konosuさま
コメントありがとうございます。
いろいろな選択肢、いろいろな意見を持った人が、それぞれリスペクトしあえることが理想ですね。
はじめまして。素晴らしい記事を拝見し、感動しました。
私は音楽でなく写真撮影の方のジャンルでよく似たケースで何年か前に悩み、結局『職業』にせず、今も小学校3年の息子と小学校1年の娘と3人でユニットを組んでいろんな撮影活動をしています。
記事に書かれてあることがたくさん被る内容があり、共感しました。
ホント、そうだよね!と言えることばかりでした。
『プロだ、アマチュアだ、とタグ付けしたがるのも、実力や、クオリティよりも稼いだお金の金額で人をランク付けしたがるのも日本人。』という一節なんか、私にひどい言いがかりをつけてきた『職業屋さん』写真家の姿そのものでしたので。(笑)
今もありがたいことに多くの『キャリア』を積まさせて頂ける場を与えて頂き、多くの方々に喜んで頂けています。
『皆に(自分の芸術(写真)作品を)愛される』芸術家であり続けていきたいです。
MISUMIさん、素晴らしい記事をありがとうございました!
>α STYLE しもべさん
こちらこそ、ありがとうございます。
お子さんたちとのユニットの微笑ましいお話、素晴らしいです。
お金の多寡で仕事の良し悪しを判断する人は日本人にはとても多いです。その裏には、人(世間)から必要とされる仕事であればお金がついて来るから、という考え方があります。この考えそのものは間違っていませんが、すべての仕事に言えるわけではありません。そもそもいつ必要とされるのかもわからないですから。
そもそも世間は思っている以上にかなり広いです。その仕事がいつ役に立つのかが分からなくても、実際どこかで必要とされます。社会の状況も変わりますから、日々研鑽を続け、いざというときに実力を見せるのがクールなんでしょうね。
好きなことをして、人のお役に立って、お金がたくさん入ってきて、というのは誰もが描く理想なのでしょう。
だから、人のこともそういう基準で判断しがちかもしれません。結局は、自分自身が納得できるよう、がんばるしかないのですね。
はじめまして。プロ中のプロである大槻さまに、いきなりすみません!この種の記事は何度か読んだことがあります。要約すれば「音楽だけで生計がたてられなくとも、プロ、アーティストとして自覚するのが大事、しかし日本では完全に専業・職業音楽家でないとアマチュアかセミプロ扱いされる」。
同意できる部分も多いですが、ちょっと疑問。それは著者が引き合いに出している米国社会の例をそのまま日本に当てはめることです。
正直、米国は住んだこともないのでよく知りませんが、僕が長く暮らした中南米では、いわゆる「サラリーマン」のあり方は日本のそれとは大違いです。休暇もとりやすいし、通勤に往復何時間もかかることはないし、残業で遅くなることもないし、もちろん過労死なんて聞いたことがありません。さらには同じ職場の人が「副業」としてミュージシャンをやっていてライブやテレビに出ても嫉妬や嫌がらせをする輩もいない。(←この最後の部分はかなり重要!、反対に日本は嫉妬社会ですから。)
日本社会でサラリーマン兼業で音楽家をやっていると中南米ではありえない障害が常にあるため、演奏や練習や創作に要する時間や精神的余裕を保つのはきわめて難しいと思います。現実に日本のサラリーマン音楽家は現在の実力を保つだけで精一杯なのではないでしょうか?あるいはミュージシャンとして成長するのとは反対に年齢とともに実力が落ちていくケースも多いかと察します。
結局は自身で納得できる「音楽家」としてのライフスタイルを確立した上で世にプロフェッショナルな成果を出していく、これが全てです。そしてそれを判断・評価するのは聴衆であると同時に客観的判断能力を持たねばならない自分自身なのです。とまあ、言うは易く行うは・・、私も自戒をこめて邁進して行こうと思います。
福田大治さま
コメントありがとうございます。
確かに日本のビジネスマンには米国社会のビジネスマンとは違う独特の事情がありそうです。自由な時間を手に入れたければ、職場や仕事を選ぶ必要はありますね。
本ブログでフォーカスしているのは、「音楽を仕事にしないという選択」ではありますが、安易にサラリーマンとミュージシャンの兼業を勧めるものではありません。
これからのキャリアに迷う若者たちへのメッセージとして、あくまでも「選択の余地」について書いております。ご理解いただけると幸いです。
知り合いの方のシェアで知りました。
自分がまさにその状況なので。
僕はこう言ってます。
職業はピアニストだよ。副業で会社員やってる。
と。
幸いな事に今の職場は僕の音楽活動許可してくれているので恵まれてると思います。
時間制約は少なからずはありますがね。
同じ状況の人がいないのでなんか読んでいて救われた気持ちでした。
ありがとうございました!(^ω^)
>匿名ピアニストさん
コメントありがとうございます!
なかなか、「職業はピアニストだよ。副業で会社員やってる。」と潔く言い切れる人が少ないのだと思います。
がんばって活動を続けて、みんなに勇気をあげてくださいね!