感情に翻弄されない クールに傾きすぎない
ずいぶん昔、サラ・ヴォーン(だったと思う)の来日公演を
かぶりつきの席で見て、
公演の最初から最後まで涙が止まらなくって、
ステージの上からベーシストに、めちゃくちゃ泣いてるね、
というような優しいジェスチャーをされたことがあります。
なぜ、(だったと思う)なんて、罰当たりな書き方をするかというと、
あんなに感動しまくったはずなのに、
その時、なんの曲が演奏されたのか、1曲も思いだせないのです。
しかも、記憶の中で、あれ?エラじゃなかったっけ?と、
何度もエラとサラが入れ替わって、
通の人が聞いたら、「お前、何聞きに行ったの?」と叱られそうなていたらくです。
おそらくは、あの瞬間、音楽を聴いていたというより、
全身全霊で音楽の世界、歌の世界にのめりこみ、
あふれ出す感情に身をまかせていたのでしょう。
感情に身をまかせると、思考は停止します。
記憶さえも曖昧になったりします。
「やたら感動した。以上。」なんて、もったいないと思う人もいるでしょうが、
音楽の聴き方は人それぞれ。
あの曲のイントロ、ああ弾いてたね、とか、
レコードと構成違ってたね、という情報に興奮する人がいて、
なんにも覚えてないけど、「めちゃくちゃ感動した」という人がいて、
それでいいんだよな、と思うわけです。
しかし、送り手となると、そうはいきません。
時折、自分のパフォーマンスに酔いしれて、
大泣きして歌えなくなっちゃう人や、
熱くなりすぎて、聞き苦しい歌を歌っちゃう人がいるのですが、
それでは、オーディエンスは置いてきぼりになってしまいます。
これ、誰かの話を聞いていると想像してみるとよくわかります。
こちらが事情を理解して、感情移入する前に、
話し手の方がいきなり感極まって、大泣きしはじめ、
慰めるのが大変で、結局その人が何が言いたかったのかよくわからなかった、
という経験はありませんか?
話し手が興奮して、語気が強くなりすぎて、むしろ聞きながら、
どんどん気持ちが冷めてしまったことは?
送り手となったら、
伝わる表現、確かに想いを伝えるくふうを、
やっぱりしなくちゃいけない。
聞き手の感情を置いてきぼりにして、
自分ばっかり感情の嵐に翻弄されてちゃいかんのです。
かといって、冷静になりすぎて、
聞き手を感動させられなかったのでは、本末転倒。
先日書いた「うまいね」で終わってしまいます。
クールに演奏しながらも、
思いや感情を的確に表現し、伝えていく。
聞く人の脳のいろいろな部分を刺激する。揺さぶる。
そんなパフォーマンスこそが理想。
時に感情的に、時に冷静に、
思いっきり振り切りながら、
落としどころを探していくこと。
修行は、まだまだ続きます。

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