ことばに「自分の匂い」をしみつける
2016/03/15
ことばには、話す人の匂いがあります。
同じことを言うのにも、ことばの選び方や言い回しが違うだけでなく、
てにをはや語尾の使い方が微妙に違って、
それが、その人のことばの匂いになるのです。
だから、人の書いたことばを、自分のもののように語るには、
単に、噛まないように言えばいいとか、
ハッキリと聞こえるように発音できればいいとか、だけでは、ダメなのです。
その匂いが、しっかりと自分自身にしみこみ、
やがて自分の匂いになるまで、徹底的に訓練することが必要になります。
そして、それは、実に奥深く、そして、難しいことでもあります。
役者のセリフのような話しことばでさえ、
なかなか自分のことばとして、表現できている人は少ないものです。
まして、話しことばでは使わないような表現が並んでいる歌詞を、
自分の表現で語れるようになるには、さまざまな工夫が必要です。
プロのシンガーなら、歌詞の解釈に関しては、それぞれの工夫があると思いますが、
ここでは私のアプローチを紹介します。
私がもっとも大切と考えているのは、ことばに意味づけをしていくプロセスです。
よほど意図的にわかりやすく書かれていないかぎり、
その歌詞が表現している世界感、作詞家の意図している世界感を
100%完璧に理解することは、無理でしょう。
詩人の書く詩を読むときと同じように、行間を想像力で埋める必要があるのです。
例えばここで、「あの日」と言っているのは、いつ、どこで、誰との、
どんな「あの日」なのか。
それがわからないのに、歌詞を語っても、
そこにリアリティはありません。
他人が書いた演説を、まことしやかに読む政治家が、
「ウソくさい」と一瞬にしてわかるように、
自分の歌の表現に「ウソ」や「希薄さ」がにじんでしまうのです。
そこで、有効なのが、
歌詞をすべて自分なりの、話しことばで書き直すというアプローチ。
例えば・・・
「あの日 ふたり 歩いた街」という歌詞があったとして、
そもそも、誰かと話す時に、そんなことばは使わないわけです。
しかも、この、「あの日 ふたり 歩いた街」という3つの単語だけでは、
普通の会話をするには、あまりにも情報量が少ない。
そこで、行間を自分なりのことばで埋めて、自分の世界感を構築していきます。
「あの日」は、どんな日だったのか。どのくらい昔のことなのか。
「ふたり」とは誰のことなのか。今、その人はどこにいるのか。
現在の自分との関係性はどうなのか。
そもそも、この歌は誰に歌っているのか。
「歩いた街」はどこなのか。何時くらいの、どんな情景なのか。
ひたすらイマジネーションを働かせ、
自分の中のさまざまな記憶を断片的に取り出して、
できるだけ具体的に、自分がその情景をくっきり浮かべられるくらいまで、
世界感を構築していきます。
雪が降っていた日曜日の渋谷。
スクランブル交差点。靴が濡れて、つま先が凍えそうに冷たくて・・・
二人でひとつの傘に入って。信号が変わるのを見つめていた。。。
100人いれば、100通りの世界観があります。
描く世界感が具体的であるほどに、ことばに魂が乗ります。
すると、聴く人の心のイマジネーションがかき立てられ、
そこに、また、それぞれの世界感が広がる。
そんなマジックが起こります。
世界感が構築されたら、
今度は、歌詞を、自分の話し言葉でにおきかえてみます。
できるだけ日常的に自分が使っている表現を取り出します。
ことばの補完が必要ならば、先ほど描いた情景を挿入すればいいでしょう。
また、普段自分が話すことばに置き換えることで、
ことばにリアリティが感じられるようになります。
方言や、アクセントがあるのなら、自由につかっていきましょう。
それは、
「ずいぶん前に、一緒に渋谷に行ったじゃない?」かもしれないし、
「懐かしいなぁ。ほら、天文館、散歩したよね。」かもしれない。
「あんなぁ、まだ覚えてんねん。二人でアメ村行ったやんか?」かもしれません。
どんなことばでもいいのです。
自分が自然に語れることばを使います。
そして、最後に、そのことばで、歌詞を語ってみます。
「読んでいる」というのではだめです。
あたかも、たった今、自分が語りたくなってしまったかのように、
自分で、設定した相手に、自然に思いを込めて語るのです。
録音しながら練習するうちに、やがて、本当に誰か友達に語っているような、
自然な表現ができるようになります。
そうなったら、今度は、本来の歌詞を語って、録音してみてください。
何気なく歌っていたときとの表現力の格段の差に、驚くはずです。
歌はメロディのついたことば。
自分を表現することに、妥協なく挑戦していきたいものです。
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