「この曲嫌い!」をどうするか?
一念発起して通いはじめた歌の学校で、最初に手渡されたのは、いわゆるAORというジャンルの某曲でした。
あえて、曲名は書きませんが、そのジャンルでは、かなり人気のあった曲です。
実際、「あれ、最高だよね」という人にも何人か会ったことがあります。
好きな人たちには本っ当に申し訳ないんだけど、正直、当時の私にとって、鳥肌ものに嫌いなタイプの曲でした。
イントロが無理。シンガーの声も好きじゃない。メロがつまらない。
要するに、「合わない」。
だから、聞いていても耳に入ってこないし、そもそも聞きたくない。
ところが、その曲を歌って先生にOKをもらわないと、次の曲を歌わせてもらえないわけです。
針のむしろです。
いや、大げさでもなんでもありません。
やっとの思いで入った歌の学校で、聞くのも苦痛な曲を、毎日必死に練習しなくちゃいけない。
しかも、全然よさがわからないから、いつまで経っても上達しない。
そんな状態で、大嫌いな曲を学校のミニステージの上で、毎週歌わされるわけです。
天才肌だった先生は、「もっとよく聞いて!」とか、「グルーヴが」とか「フィーリングが」と言ってくれるわけですが、なにしろ嫌いな曲すぎて、素直にことばが入って来ません。
いろんな言い訳をしたかもしれません。
先生にしてみれば、自分がこよなく愛する曲、生徒たちのためによかれと思って選んだ曲です。
そんな名曲を、何週間経ってもまともに歌えるようにならない私に、さぞ、苛っとしたことでしょう。
他の子がどんどん次の課題曲に移っていく中で、私だけが、何週間もその曲を卒業できませんでした。
結局、3ヶ月。その曲を歌い続けたのだったと思います。
今も、イントロが流れただけで、あの頃の苦痛が反芻されます。
どれだけ時間をかけても、たとえ理解できても、「嫌い」は「好き」にはならないんですね。
講座や授業でグループレッスンを担当すると、どうしても「課題曲」を渡さなくてはいけないシーンに遭遇します。
そんな時に、真っ先に伝えるよう心がけていることは、
1. その曲を学ぶことの意味はなにか?メリットはなにか?
2. 課題として、クリアするべき具体的なポイントはなにか?
3. どんなアプローチで、練習すべきか?
という3点。
「教材」としての在り方を明確にすることで、生徒たちが「感情」をフラットにした状態で歌に向き合えるようにするわけです。
お仕事やバンドなどでも、自分の思惑だけで曲を決められるとは限りません。
時に、今ひとつ好きになれない歌を、歌わなくてはならないことがあります。
そんなときも、一旦、感情をフラットにして、テクニックにフォーカスして練習します。
音楽的なアプローチで、「面白さ」を見出すわけです。
さらに、キーを変えたり、(レコーディングではNGですが)パフォーマンスなら歌詞を少しアレンジしたりもします。
結果、イマイチ気が乗らなかった歌ほど、歌い込むことになり、蓋を開けてみたら一番いいパフォーマンスになっていた、なんてことも多々あります。
一方、そこまでやっても、どうしても好きになれない曲、理解できない曲は、辞退します。
他の人に歌ってもらうこともあります。
学生などに渡す課題曲でも、「どうしても好きになれなかったら相談してね」と言っています。
歌は感情表現です。
感情はねつ造できません。
歌いたくない歌を歌うほど、苦痛なことはありません。
苦痛を感じながら歌えば、その違和感は聴き手にも必ず伝わります。
無理に“好きになる努力”は、しなくていい。
でも、“向き合う努力”は、いつも、していたい。
そこに上達が生まれ、新たな関係性や表現が生まれます。
あなたには、嫌いな曲はありますか?

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