音楽という「箱」から取り出すもの
ずいぶん昔のことになります。
その奔放かつ、悪魔的とも表されたプレイスタイルに魅せられ、
大尊敬していたウクライナ出身のピアニスト、
ウラディミール・ホロヴィッツが、とあるテレビ番組で、
「ピアノを学ぶ人たちにメッセージを」という要望に答え、
こんな風に言っていました。
「楽譜は紙ではなく、箱のようなもの。
そこから何を取り出すかは、自分次第なのです。」
なんてROCKなことをいう人だろうと感動し、
(まぁ、ホロヴィッツは自分のことを”ROCKだ”などと表されたら、
超心外なんでしょうけど)
ますますファンになった事を覚えています。
彼のプレイには、同じく、
心酔していたギタリスト、ジェフ・ベックにも通じる、
エネルギーとパッションを感じたものです。
音楽に求めるものはみな違います。
自分の演奏に何を投影するか、
何を表現するかは、完璧に演奏者の自由です。
「私は何を歌っても、自分の本質、ROCKを表現している気がするの。
パウロが演奏で表現するのは何?やっぱり愛?」
NY時代、ブラジルから国費でジュリアード音楽院に留学していた、
クラシック・ギタリストのパウロ・マルテリに、
そう訊ねたときのことです。
「MISUMI、何を言っているの?
自分の表現なんかいらないんだよ。
僕はただ、そこにあるBeauty(美)を感じるだけなんだ」
聴く人を一瞬にして涙させる彼のギターの音色を思い、
なんて、素敵な言葉だろうと思ったものです。
ある著名な声楽家は、
「僕は歌で表現したいことはない。
ただ、正確に、譜面通りに、心を無にして歌うだけだ」
と言ったといいます。
音楽という箱から何を取り出すのも自由。
自分という人生から、何を取り出すのも同じく自由です。
ただし、思想や思考は借り物であってはいけない。
自分の心からわき上がる「真実」と、
人の口からまことしやかに語られる「真実らしきもの」を
混同してはいけない。
自分自身の内側からあふれ出るパッションを否定してはいけない。
「音楽ってこういうものだ」と、時に意図的に、時に無意識に、
植え付けられる他人の思想に、常に用心しなくてはいけない。
どんなものでも、自分の意志で選び取ることは、
勇気。そして覚悟です。
そんな、潔さが、自分の「音」となるのです。
自分が演奏したものから、聞き手が何を取り出すのかも、また自由。
そこに音楽のスリルが生まれるのだと思うのです。
関連記事
-
-
仕事が嫌ならいつでもリセットすればいい
レコーディングの仕事に呼ばれるようになったばかりの、 駆け出しのころ。 現場の雰 …
-
-
「これが正しい」は自分で選び取る
アーティストや学生たちと接していると、 「何が正しいのかわからなくなってしまいま …
-
-
先人たちの名演に学ぶ
ボーカリストにとって、いや、ミュージシャンにとって、 最高の教材は先人たちの残し …
-
-
本気でぶつかりあう。
一所懸命やっている子には、一所懸命教えたくなる。 めいっぱいがんばっている子は、 …
-
-
「話すためのボイトレって、何するんですか?」
「話すためのボイトレって、一体何するんですか?」 一般向けのボイトレセミナーや講 …
-
-
自分の耳は自分で磨く
歌えないから聞こえないのか? 聞こえないから歌えないのか? ニワトリと卵のような …
-
-
絶対上達する究極の練習方法
「楽器を上達したいなら、録音するのがmust」ということは、 こちらでもずいぶん …
-
-
ボイストレーナーになるということ
先日、知人のライブを見に行ったときのことです。 ひとり、ライブ開始を待っていると …
-
-
反面教師という大切な存在
「こんなピッチの悪い歌をわざわざ持ってきて、人に聴いてくださいって言える神経がわ …
-
-
「仕事に困らないミュージシャン」の3つの特性
仕事がなくなると、景気だの、時代だのと世の中のせいにしたがるのは、 ミュージシャ …
- PREV
- 飲み会で声が枯れちゃう3つの理由
- NEXT
- その役の人生を生きる〜名歌手は名優である〜