「違和感」をスルーしない
「違和感」は、ふわっと舞い降りる感覚です。
レコーディング中プレイバックを聞いていて、
「あ。ここ、なんかちょっと違う」と感じる。
ところが、ディレクターもアレンジャーも他のメンバーも、
誰もが口々に、
「うん。よかったね!」「先行こうっ!」と言う。
こんなとき、「やっぱりもう一回やらせてください」というのは、
なかなか度胸のいることです。
しかし、ここで、この違和感をスルーすると、
ずぅっと、その違和感を引きずったまま、
その曲と付き合うことになります。
ダビングを重ねるたび、
TDに立ち会って、何度も何度もプレイバックを聞くたび、
作品が仕上がって、世の中に出て、
メディアに乗っても・・・
その、どうにもならないむずがゆさとも言える違和感が、
ずうっとつきまとうのです。
他の人に「何が悪いの?」と聞かれても、
説明できない場合は多々あります。
ピッチも、タイミングも、音の長さも、
ニュアンスも、
たとえば、ことばでも、メロディでも、フレーズでも、
とにかく、誰が聞いても問題のないクオリティ。
しかし、だけど、やっぱり、
自分の中でかちっとはまらないわけです。
こんな時は、素直に手を上げて、
誰がなんと言おうとも、
やり直させてもらうのが正解です。
まぁ、現場の状況がどうしても許されないなら、
自分の実力不足を反省し、
次は違和感を残さない作品をつくろうと思うしかないのですが・・・
この「違和感」、私は、潜在意識レベルの、
自分だけに向けて発せられる警告だと考えています。
違和感が訪れるたび、自分自身の美意識や感性が試されている。
そして、こうした違和感をスルーせずに、
向き合って、排除して行く努力ができるかどうかが、
一流に昇って行かれるかどうかの大きな分かれ道になるのです。
ずいぶん昔のことになります。
とあるアーティストのレコーディングでコーラスを担当していた時のこと。
コーラスは私を含め3名。
他のお2人はベテランの大先輩。
サビのコーラスを何トラックか重ねていたとき、
途中、歌いながら、一瞬、自分の声のトーンに違和感を感じました。
ひやっとしながらもそのトラックを歌い終えた次の瞬間、
ディレクターさんが、
「いいねぇ。OK、OK」というのです。
うっそぉ〜。と心の中で思いながら、
他のお二人をちらりと見ると、二人もふんふんと頷いています。
「じゃ、次ね」
一瞬ひるんだ私の心をよそに、作業がどんどん進んでしまいました。
そっか。他の人は大丈夫って思ったんならいいや。
きっと大丈夫。
1トラックだけだし。きっとTDしたら、気にならないし・・・
そう自分に言い聞かせながらも、
小さな不安を抱えながら帰路につきました。
それから数週間してからでしょうか。
いきなりテレビのCMで、その曲の、サビ部分、
しかも、こともあろうに、私が違和感を覚えた、
まさに、その部分が何度もリピートされて流れたのです。
あの時の心の叫びは今も忘れられません。
おまけにそのCM、
かなりなヘビロテで流れるメジャークライアントのもの。
毎日、その曲が流れるたびに、憂鬱になりました。
激しいトラウマとなった出来事です。
以来、私は「違和感」をスルーしないという誓いを立てました。
誰がなんと言っても、腑に落ちるまではやりきること。
この、「違和感」をスルーしない習慣は、
人に指導するときも、大いに役立っているのではないでしょうか。
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