「歌う環境」をつくる。
5年ほど前、某レコード会社のディレクターさんに連れられて、
女性R&Bシンガー、Aちゃんがレッスンにやってきました。
雑誌のモデルもやっているというスーパーな容姿と、
作詞作曲、アレンジまでこなすという才能を併せ持ち、
ダンスを踊らせてもよし、英語を歌わせてもよし、もちろん声もよし。。
おまけに性格も素直で可愛くって、こんな子いるんだなぁ・・・と、
驚くほどよくできた、レコード会社一押し、スターの卵でした。
彼女の悩みは声量がないこと。ノドが弱いこと。
「声量がなさ過ぎて、声が持ち上げられない」とPAさんに言われたというのです。
歌ってもらうと、確かにか細い。
クラブシーンなどでのパフォーマンスが多かった彼女。
重厚なサウンドに対抗するのに、このままの声では確かに厳しい。
「やっぱりカラダが細すぎるから、声が細いのも仕方ないのでしょうかね?」
とディレクターさんも不安そうです。
そのとき私は、彼女がシンガーソングライターであるという点、
そして、彼女がご家族と一緒に住んでいるという点に注目しました。
MISUMI「おうちの中って、声出せる?」
Aちゃん「いえ。マンションなんで。昼間はちょっと出せますけど。」
MISUMI「おうちで曲つくっているときって、じゃあ、声をひそめて、
内緒話するみたいに歌っているでしょ?」
Aちゃん「え?あ、はい。そうだと思います。」
そう。これなのです。
Aちゃんの歌い方のクセは、すべて、この「ひそひそ歌い」から来ていました。
シンガーソングライターは、
自分の曲は自分が歌うバージョンでしか聴いたことがありません。
あたりまえのようですが、これがボーカル力が上がらない大きな原因になります。
ましてやアレンジまでやる彼女。
曲をつくった時のボーカルのイメージが自分の脳に焼き付きます。
そのパフォーマンスが自分にとってベストになる。
と言うか、それしかない、と感じてしまう。
家族に遠慮してひそひそ歌っている声が「自分の声」になってしまっていて、
レコーディングでも、ライブでも、それを再現しようとしてしまうわけです。
意図的に息を混ぜてつくるひそひそ声は、表現のひとつとして大いにありなのですが、
声を鳴らさない、鳴らせない状態が標準になってしまうと、
声量をアップするのは非常に難しくなります。
また、この状態は、発声の最中、声帯が締め切れず、
ずっと息が漏れてしまっているため、声帯が乾きやすくなります。
声量をアップしようと、必死に息の量を増やせば、
声帯に激しく負担をかける結果にもなり、声はあっという間に枯れてしまいます。
自分の声がきちんと鳴らせる環境をつくること。
これはとても大切なことです。
声量がある人は声を小さくもできますが、
声量がなければ、音量を調節することはおろか、
長時間歌い続けることも難しいのです。
しっかりと鳴らした声が、自分という楽器のスタンダードになるように
トレーニングを積んで欲しいものです。
関連記事
-
-
限りなく「百発百中」を目差す
プロとアマチュアの圧倒的な違いは、 そのパフォーマンスに対する信頼度です。 人間 …
-
-
ボイストレーナーになるということ
先日、知人のライブを見に行ったときのことです。 ひとり、ライブ開始を待っていると …
-
-
風邪のサインを見逃すな!
以前、『風邪をひいたら歌っちゃだめなんです』 という記事に書いたように、 レッス …
-
-
プロフェッショナルの徹底ピアノ調整!
10月末から1週間ほど休業&家を留守にするということで、 思い切って、ピアノの一 …
-
-
“I know what I’m doing”
「今の、どうでした?できてませんでした?」 そんな質問を繰り返す子に限って、レッ …
-
-
変声期
昨日は12~16才の男の子ばかり、8名のボイトレを担当しました。 17才くらいか …
-
-
525600minutes〜新年によせて〜
新年おめでとうございます。 新しい年がはじまりました。 新しい年はいつも真っ新な …
-
-
先人たちの名演に学ぶ
ボーカリストにとって、いや、ミュージシャンにとって、 最高の教材は先人たちの残し …
-
-
「仕事を舐めれば、仕事に舐められる。」
少し前のこと。 生徒のひとりが、 「先輩にデモの仮歌を頼まれて、 昨日レコーディ …
-
-
うまく行かないときは、自分自身の棚卸しをする
世の中は結構不公平にできています。 必死に必死にがんばっていても、 なかなか認め …
- PREV
- 「話すためのボイトレって、何するんですか?」
- NEXT
- 上達と進歩は一瞬でやってくる!