ボイストレーナーになるということ
先日、知人のライブを見に行ったときのことです。
ひとり、ライブ開始を待っていると、隣のテーブルの会話が耳に飛び込んで来ました。
「私、とりあえず、ボイストレーナーの資格でも取ってみようと思ってるんですよ。」
声の主は、アーティスト風のちょっと美人な、20代後半くらいの女性。
「へぇ〜。先生になるの?」と話を聞いていた業界人風男性。
「ってか、食べて行かれないし。
とりあえず先生でもやって、いろいろうまく行ったらやめればいいし・・・」
(あぁ、また出た。「でもしかトレーナー*注1」。
こんな先生についちゃった生徒は、不幸だろうなぁ。。)
私はちょっと苦い気持ちを禁じ得ませんでした。
もちろん、この後、彼女が、ボイストレーナーという仕事に目覚めてしまい、
猛烈に勉強して、ものすごくいい先生になるという確率もゼロではありません。
しかし、この会話を聞く限り、彼女にとっても、
これから彼女に教わることになるであろう生徒さんにとっても、
非常に不幸な未来が見えてきてしまうのです。
お見うけした年齢で「音楽で食べて行かれない」ということは、
歌の実力もキャリアも、まだお仕事レベルではないということ。
「ボイストレーナーの資格を取れば食べて行かれる」と思っているようですが、
どんなスクールに入っても、個人でスクールを立ち上げても、
生徒さんがついて、それなりに安定した収入を得られるようになるには、
キャリア、実力、そして人気が不可欠。資格=お給料の保証じゃないんです。
そして、最も心配に思ったのは、
「アーティストになったらやめちゃおう」と思っていること。
アーティストになりたい、ヴォーカリストとしてのキャリアが欲しい、
と思っている時期は、とにかく自分、自分です。
トレーナーは、人を応援する仕事。
自分のキャリアにジレンマやフラストレーションを感じているときには、
ついつい、苛立ったり、押しつけたり、投げやりになったりしてしまいます。
スクールに通ってくる人たちの、それぞれの思いを受け止め、
それを応援するには、心の余裕が必要です。
人が相手の仕事です。
ちっとも上達しない人が来ることも、気に入らない人が来ることも、
自分より優れた人が来て、あっという間に有名になってしまうこともあるでしょう。
そんな人たちに、自分はきちんと、笑顔で向き合っていかれるのか。
レッスンをしたいという人を、
自分のエゴを押さえて、しっかりと影で支えることができるのか?
トレーナーを仕事にしようと思うなら、そうした覚悟も大切です。
どんな道でも、その道のプロになるのには、覚悟と決意、そして情熱が必要不可欠。
「でもしか」は、自分にとっても、生徒さんにとっても、
不幸でしかないのです。
*注1 でもしかトレーナー=でもしか先生
「他にやりたい仕事がないから先生でもやろう」とか「特別な技能がないから先生にしかなれない」などといった消極的な動機から教師の職に就いた、無気力で不活発な教師に対する蔑称・・・(後略/wikipedia)
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