大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

ぶっ壊すことを恐れない。

   

CMの作詞のお仕事を依頼されたときのことです。

某大企業のCMの歌詞を書かせていただくようになって3年目。
毎年、曲の評判だけでなく、
商品の売り上げもよいということで、
私としても自信を持ってお仕事させていただいていました。

送られてきたのは、キレッキレの力強い楽曲。
テーマは力強さ、男の世界・・・だったと記憶しています。

いつものように何度も曲を聞くうちに、
ふわっと、ことばが浮かんできました。

“Never Give Up!”

ハマリもバッチリです。
CMの冒頭の第一声が、このことば。
うーん。かっこいい。

タイトなスケジュールでしたが、
キーワードさえ決まればこっちのものです。
そこから一気に残りの歌詞を組み立て、
自信満々で、プロデューサーに送りました。

 

ところが、です。

翌朝、プロデューサーからの電話で、
開口一番、こう言われました。

「ダメだね。書き直して。」

我ながらいい仕事をしたと、
いい気分で眠っていた私は、
頭から水をかけられたような気持ちになりました。

「”Never”は否定でしょ?
ポジティブな歌詞って言ったはずだけど」。

「あ、いえ、あの、Never Give Upというのは、
強いメッセージで、
3語でひとつの成句ですし・・・」

私の頭の中で、
歌詞はすでに「完璧」でした。

そもそも、”Never Give Up”のキーワードで組み立てた歌詞です。
そこを変えたら、一から出直しです。
必死に説明しようとする私に、
プロデューサーの雷が落ちました。

 

「書き直せと言われたら、書き直せばいいんだ!」

 

問答無用。ガチャリと電話が切れました。

そりゃ「てやんでぇばかやろう」しましたが、
プリプロはその夜です。
腐っている暇はありません。

もちろん、こちらもプロですから、
スタジオに到着するまでには、
OKの出るレベルのものは書きましたが、

感情のコントロールをしながら
まったく違う切り口で歌詞を組み立てることは、
とんでもなく苦しかったことを
四半世紀経った今もはっきりと覚えています。

 

人は、一度つくったものを壊すのが怖いものです。

もう二度と、同じくらいいいものはできないのでは?
と思ってしまう。

完成するまでにかけた、
時間やお金やエネルギーを
再び一から生み出す勇気がない。

完成だと信じていたものが、
実はまだまだできそこないだと知ることで、
自分自身のアイデンティや価値観が揺らいでしまう・・・。

だから、ついつい、
一度完成とみなしたものに、
固執してしまうものなのですね。

 

しかし、これぞ完全無欠、完璧だ。
と言い切れるところまで、
自分を徹底的に追い込んで、
追い込んで、追い込んで。

それでも、完成したその次の瞬間に、
実は、まだまだ先があることに気づくのが真のクリエイター。

逆に言えば、
それがなくなるときは、
キャリアが終わるときかもしれません。

 

正直、いまだに、あの歌詞は、
“Never Give Up”の方がインパクトあったわよね、
と思っているわけですが、

プロ中のプロたちにもまれて、
一生ものの大切なことを、
たくさん教えてもらった、貴重な現場でした。


まだまだ、です。

これから、です。

◆【ヴォイトレマガジン『声出していこうっ!me.』】
ほぼ週1回、ブログ記事から、1歩進んだディープな話題をお届けしているメルマガです。無料登録はこちらから。バックナンバーも読めます。

 - B面Blog, The プロフェッショナル, 未分類

  関連記事

「歌いたいっ!」が胸を叩くから。

トレーナーをはじめて、 ずっと大切にしてきたことは、 「昔の自分」のまま感じて、 …

年齢は、ただの数字。

先日、外国人の友人家族とスキー旅行に出かけた時のこと。 「ホテルに泊まるのに、な …

no image
先人たちの名演に学ぶ

ボーカリストにとって、いや、ミュージシャンにとって、 最高の教材は先人たちの残し …

「売れてるもの」が嫌いな人は「売れない人」?

あまのじゃくなのか、変人なのか、 こどもの頃から、 「みんなが好き」というものに …

ボイトレ七つ道具、公開(^^)

最近、講演やセミナーをするときだけでなく、通常のボイトレをするときにも、 声のし …

no image
「からだレベル」でグルーブを感じる

8ビートは4分の4拍子の8分音符が8つで、16ビートはその倍で・・・ アクセント …

国語力、お願いします!

歌を教える仕事をしていて、 最もフラストレーションを感じるのは、 生徒がなかなか …

「シンガー」というキャリアのゴールを描く

プロを目差すシンガーたちには、それぞれのゴールがあります。 ゴールが違えば、歩む …

本気で目立ちたかったら「本質を磨く」。これしかない。

Clubhouseだの、Zoomだの、インスタだの・・・ やっと新たな名前とコン …

「曲が降ってくる時」?

世の中にはたくさんの優れた作品を残しているアーティストがいます。   …