ぶっ壊すことを恐れない。
CMの作詞のお仕事を依頼されたときのことです。
某大企業のCMの歌詞を書かせていただくようになって3年目。
毎年、曲の評判だけでなく、
商品の売り上げもよいということで、
私としても自信を持ってお仕事させていただいていました。
送られてきたのは、キレッキレの力強い楽曲。
テーマは力強さ、男の世界・・・だったと記憶しています。
いつものように何度も曲を聞くうちに、
ふわっと、ことばが浮かんできました。
“Never Give Up!”
ハマリもバッチリです。
CMの冒頭の第一声が、このことば。
うーん。かっこいい。
タイトなスケジュールでしたが、
キーワードさえ決まればこっちのものです。
そこから一気に残りの歌詞を組み立て、
自信満々で、プロデューサーに送りました。
ところが、です。
翌朝、プロデューサーからの電話で、
開口一番、こう言われました。
「ダメだね。書き直して。」
我ながらいい仕事をしたと、
いい気分で眠っていた私は、
頭から水をかけられたような気持ちになりました。
「”Never”は否定でしょ?
ポジティブな歌詞って言ったはずだけど」。
「あ、いえ、あの、Never Give Upというのは、
強いメッセージで、
3語でひとつの成句ですし・・・」
私の頭の中で、
歌詞はすでに「完璧」でした。
そもそも、”Never Give Up”のキーワードで組み立てた歌詞です。
そこを変えたら、一から出直しです。
必死に説明しようとする私に、
プロデューサーの雷が落ちました。
「書き直せと言われたら、書き直せばいいんだ!」
問答無用。ガチャリと電話が切れました。
そりゃ「てやんでぇばかやろう」しましたが、
プリプロはその夜です。
腐っている暇はありません。
もちろん、こちらもプロですから、
スタジオに到着するまでには、
OKの出るレベルのものは書きましたが、
感情のコントロールをしながら
まったく違う切り口で歌詞を組み立てることは、
とんでもなく苦しかったことを
四半世紀経った今もはっきりと覚えています。
人は、一度つくったものを壊すのが怖いものです。
もう二度と、同じくらいいいものはできないのでは?
と思ってしまう。
完成するまでにかけた、
時間やお金やエネルギーを
再び一から生み出す勇気がない。
完成だと信じていたものが、
実はまだまだできそこないだと知ることで、
自分自身のアイデンティや価値観が揺らいでしまう・・・。
だから、ついつい、
一度完成とみなしたものに、
固執してしまうものなのですね。
しかし、これぞ完全無欠、完璧だ。
と言い切れるところまで、
自分を徹底的に追い込んで、
追い込んで、追い込んで。
それでも、完成したその次の瞬間に、
実は、まだまだ先があることに気づくのが真のクリエイター。
逆に言えば、
それがなくなるときは、
キャリアが終わるときかもしれません。
正直、いまだに、あの歌詞は、
“Never Give Up”の方がインパクトあったわよね、
と思っているわけですが、
プロ中のプロたちにもまれて、
一生ものの大切なことを、
たくさん教えてもらった、貴重な現場でした。
まだまだ、です。
これから、です。
◆【ヴォイトレマガジン『声出していこうっ!me.』】
ほぼ週1回、ブログ記事から、1歩進んだディープな話題をお届けしているメルマガです。無料登録はこちらから。バックナンバーも読めます。
関連記事
-
-
「まったくおなじ音」は2度と出せない?~SInger’s Tips #19~
長年歌をやっていて、 もっとも難しいと感じることにひとつに、 「おなじ音をおなじ …
-
-
アチチュードが、結果をつくる。
なにから始めたらいいかわからないなら、 憧れの人がやっていることを観察して、マネ …
-
-
特別なことはなにも起きない
音楽業界でお仕事をするようになって、 少しずつキャリアを積み始めた頃、 街でばっ …
-
-
完成しない作品は、「作品」ではない
ずいぶん昔。 ユーミンがとあるラジオ番組で、 「美大で日本画を専攻していた」とい …
-
-
リズムが悪いと言われたら真っ先にすること。~Singer’s Tips#10~
「リズムが悪い」と言われた時、 真っ先に点検すべきは、 点=ビートを捕らえられて …
-
-
「腕は良いのに仕事が来なくなる人」
音楽業界には、 「なんであの人に、あんなに仕事くるんだろうね〜?」と影で噂される …
-
-
ヴォーカリスト必読!マイクとモニターの超絶役に立つお話!!!〜後編〜
たくさんの反響をいただいた昨夜のブログ、 『ヴォーカリスト必読!マイクとモニター …
-
-
「クリエイトすること」はゴールではない
「どんな仕事に携わっていても、何をクリエイトしていても、 大切にすべきことの本質 …
-
-
たかが半音。されど半音。
たった半音のキーの違い。 しかし、この「たかが半音」が大きな違いとなるのが、 音 …
-
-
音楽をやる理由?
自分とおなじくらい「音楽に夢中」という友達に出会えないことが、 学生時代の悩みで …
- PREV
- 音楽は化学反応だ!
- NEXT
- 「なんか、できちゃうかもしれない」妄想