大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

想像力は人の痛みを知るためにある。

   

2002年、
ふらっと訪れた旧友たちの住むニューヨーク。

以前住んでいたアパートメントホテルの近くを、
ひとりでぼーっと歩いていて、
通りすがりの車に、左足のかかとを引っかけられました。
ガツン、というエラい衝撃の後の強い痛み。

きゃー、カッコ悪いと、
足を引きずりながら、
慌ててその場を走り去って、タクシーに乗って、
滞在していた友だちの家に帰りついてみれば、
靴が脱げないほど、足が腫れている。

診断は足の薬指の骨折。
大げさ気味の膝下ギブス。

私が「昨日こっちに到着したばかりなの」と言うと、
ドクターは気の毒そうに、
優しく松葉杖の使い方を教えてくれたっけ。

 

さて。

松葉杖で街を歩くようになって、はじめて、
ニューヨークも、東京も、
都市という場所が、
いかにカラダの不自由な人たちに、
優しくないかを痛感しました。

それまでも、
それほど無頓着だという自覚はありませんでした。
でも、全然配慮が足りなかった。

松葉杖は、
もっと楽にカラダを支えてくれるものだと思っていました。
カラダの全体重を両腕で支えることが、
どれだけ重労働か学びました。

バリアフリーな場所なんて、
新しい街の新しいビルのほんの一角だけ。
エスカレーターもエレベーターも、
ない駅がたくさんありました。

松葉杖で、電車に乗ることは、
想像を超えるほど大変でした。
シルバーシートでさえも、
席をゆずってくれる人は実に希でした。

ニューヨークでは、
私が手を上げている目の前で、
カラダの大きなビジネスマンがタクシーを横取りしました。

渋谷駅では、
「エスカレーターかエレベーターはありませんか?」
と必死に聞く私を、
駅員が「ないないっ!」とうるさそうに、追い払いました。

都会の人たちは忙しい。
まわりを見ている暇はありません。

もちろん、自分が経験したことのない痛みに、
想像力を働かせる余裕なんかあるわけもないんです。

20代〜60代が対象の日本のある調査では、
骨折経験のある人は29.5%だったと言います。
一番骨折しやすいのは、手指、腕だと言いますから、
足や足の指を骨折した経験のある人は、
まぁ、10人にひとり、いるかいないかでしょうか。

この経験をして以来、
車いすの人たちや、
目の不自由な人たちに積極的に声をかけて、
お手伝いをするようになりました。

そして、
そんな困っている人たちに、
気づけない、
気づいていても声もかけない、
都会の人たちをたくさん目撃してきました。

いや。
そんな人たちを責めることはできません。
私だって、あちら側だった。

病気やケガ、カラダの不自由さは、
自分自身が体験しないと、
絶対の絶対にわからない。

どんなに想像力を働かせても、
実際に経験するほどの真剣さを持って、
向き合うことは不可能なんです。

今日、日本の内閣総理大臣が辞職しました。
潰瘍性大腸炎。

同じ病名で入院したという人の話を聞いたとき、
胃潰瘍と同じような、
休養してクスリを飲めば治る病気だと思い込んでいました。

しかし、難病と言います。

一応ググったりはしたものの、
まだまだ理解が足りていなかったなと、
なんだか申し訳ない気持ちさえ芽生えました。

安倍首相の評価はいろいろあるでしょう。
でもね。
あれだけの人が、こんなタイミングで
総理大臣のポストを去ると言うことは、
どれだけ辛かったでしょう。
悔しかったでしょう。

あの、無念さのにじみ溢れる会見の後で、
「悔いはないですか?」などということばを浴びせかける記者は、
病気で現場を去ることの痛みを、
経験したことがない若者でしょうか。
想像力のない、お馬鹿でしょうか。

短い人生。
すべての人の痛みを経験することはできません。
でも私たちには、想像力がある。

どんなに忙しい時も、
余裕がないときも、
ちょっと立ち止まって、
相手の立場になって考えれば、
見える景色は全然違ってくる。

あれ?大丈夫かな?
と思った時に、
声をかける勇気を持つ。

そんな小さな積み重ねで、
社会はもっともっと弱者に優しくなる。

いろいろあったけど、
何はともあれ、
首相に「お疲れさまでした」と言いたい夜です。

◆【ヴォイトレマガジン『声出していこうっ!me.』】
ほぼ週1回、ブログ記事から、1歩進んだディープな話題をお届けしているメルマガです。無料登録はこちらから。バックナンバーも読めます。

 

 - B面Blog, Life

  関連記事

「プロになりたい」って一口に言ってもね・・・

少し前、若手売れっ子ドラマーがインタビューで、 「ドラムを始めたときから、歌バン …

人生はリハーサルのない、1度限りのパフォーマンス

ひとりのミュージシャンの生涯には、 どのくらいの苦悩や葛藤、挫折があるのでしょう …

「また、やっちゃった」と落ち込まないためには?

人はなぜ、同じ過ちを何度も何度も繰り返してしまうのでしょう? 毎回、それなりに後 …

わかってないのは、そいつの方じゃないのか?

「自分のこと、めっちゃ美人だと勘違いしてる、ぶっさいくな女っているよね? &nb …

人は「エネルギー」なのだ。

昨日、70日ぶりに、 レッスン室にクライアントさんをお招きしました。 10週間。 …

歌の才能。

はじめてトレーナーのお仕事をしてから、 かれこれ20年。 下は小学生から、上は7 …

雑草には雑草の生き方があるんでござんす。

芸歴30周年、40周年なんてお祝いをしている人たちが周囲に増えてきて、 ふと自分 …

なんにも終わってないのに、終わった気持ちにならない。

昨日、10数年前まで教えていた学校の卒業生たちのライブを見に行ってきました。 学 …

シンプルでもいい。複雑でもいい。「生きる」を楽しむ。

学生時代、小笠原の父島という島を、 友人たちと共に自転車を担いで訪れたことがあり …

Proud.〜第2期MTLネクストが終了しました〜

昨日、第2期MTLネクストの最終プレゼンテーション、 発表会が終了しました。 2 …