引き返せない場所へ、自分を連れて行け!
うるゴメ時代。
私にとっては、バンドでのメジャーデビュー作品となる、
アルバムのレコーディングの時のお話です。
とある楽曲の歌入れを明後日にひかえ、
歌詞が全然フィックスできなくて、
別作業が進行中のスタジオのソファで、
文字通り、頭を抱えていたことがあります。
苦手の日本語詞です。
私のヴォーカル曲ということで、
相方のNobちゃんに
「自分で書いてごらん」と言われ、
悩み続けること数日。
音楽をはじめてから、
英語の曲しか聞かない、歌わない。
英詞の作詞家として、お仕事はたくさんしていたけれど、
日本語の歌詞はほとんど書いたこともない。
自分の引き出しのどこを探しても、
ロックなメロディに乗っかる、
気の利いた日本語のことばなんて、出てきません。
すっからかんです。
正直、日本語の作詞の専門家でもある相方に、
助け船を出して欲しかったのですが、
おそらく、彼は私を教育したかったのでしょう。
見て見ぬ振りです。
そのまま何時間か経って、
Nobちゃんが急に私を振り返って言いました。
「レコーディングの直前まで悩んだらいいよ。
お皿(CD)になって世の中に出るまでは、
作品は自分のものだからね。
でも、一旦発売されちゃったら、
その曲は、みんなのものになるんだ。
悔いないように、がんばりな!」
それまで、CMでも、サントラでも、企画モノでも、
作家さんの曲を歌うのが仕事の、
職業ヴォーカリストだった私にとって、
考えたこともなかった、新しい視点でした。
作品を世に出すということは、
ポイント・オブ・ノーリターン。
引き返すことのできない場所へ、
自分自身を連れて行くということ。
メンバーやスタッフに対する責任。
ファンへの責任。
クリエイターとして、
ヴォーカリストとしての在り方を
胃の裏側にまで、痛いほど感じた瞬間でした。
自分がクリエイトするものの締め切りや、
「これにて完成」は、
自分が決めるしかありません。
ポイント・オブ・ノーリターン、
後戻りできないポイントを越えるのは、
誰だって怖い。
でもね、
そんな不退転の覚悟も持てないまま、
なにをやっても、
中途半端で終わるだけです。
作品でも、パフォーマンスでも、事業でも、
自分の生み出すもの、送り出すものには、
送り手の覚悟が宿っていなければならない。
その覚悟が受け手の心を動かすのです。
不思議なもので、そんな覚悟が心に宿ると、
ふと、「あ、できた」という瞬間もやってきます。
クリエイトの神さまも、
「覚悟」に心を動かされるのかも知れませんね。

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