人と人とは、100%はわかり合えない。
「ねえねえ、コサカさん、ちょっと野球のメンツ足りないから、入ってよ」
放課後、大学のキャンパスを歩いていたら、
同級生の男子にそんな風に呼び止められました。
コサカは私の旧姓です。
私は、野球は全く知らないし、運動音痴だしと、
なんとかその場を逃れようとしましたが、
後1人いないと試合ができないから、
ただバット持って立っててくれるだけでいいからと、
半ば強引に仲間に入れられ、
気づけばバットを持ってバッターボックスに立っていました。
「ボールが来たら、振れるなら振って」と言われ、
なんとなくバットを出して振ってみたら、
あら、打てちゃったじゃありませんか。
盛り上がる男子たち。
びっくりしたのは私です。
「え〜〜!?どうするの?どうしたらいいの?」
男の子たちは口々に
「走って!走って!」と腕を回しています。
頭が真っ白な状態で、私は必死に走りました。
左へ。
そう。三塁方向に、です。
その時の男の子たちの呆れた顔。
ぼけてんのか?馬鹿なのか?
まさか、本当に知らないのか?
だってさ、
生まれてこの方、ただの一度も野球というものを見たことがなく、
中高も女子校で、野球の授業などもちろんなく、
友だちにも家族にも、野球などというものを話題にする人はひとりもいなくて、
あげく、あの、騒々しい、プロ野球中継の音声が大の苦手だった私。
試合が終わって、同級生たちは呆れたように言ったものです。
「ねぇ、本当に知らなかったの?打ったら走るの、常識じゃない?」
野球では、バットを振ったら一塁に走る。
そして、一塁は右側にある。
私は、そんな「常識」を、その時初めて知ったのでした。
常識というのは、人の数だけあるものです。
映画音楽のプロデューサーアシスタントとして、
俳優さんたちに楽器のアテぶりの指導をしていた時のことです。
キーボード担当の男の子に、
「コードは弾かなくていいから。
とりあえず、ドレミって弾いてみて。」というと、
「ドって、どこですか?」と言います。
「え〜!?学校でドレミくらい習ったでしょ?」
と言うと、
「高校工業科だし。中学じゃ楽器なんかやってないし・・・_」
という答えが返ってきました。
その瞬間まで、私は、「ド」が鍵盤のどこにあるかということが、
世の中の誰もが知っている常識だと思い込んでいたのでした。
共通言語を持っている人としか付き合わなかったら、
人は成長できません。
違う常識で生きる人たちを自分のまわりから排除すれば、
世界は狭まるばかりです。
人と人とは、100%はわかり合えない。
自分の常識は他人の非常識であることを前提に、
さて、どんなことばを選んで話していくのか。
どこまでが、相手に容易に理解できることで、
どこからが、マニアックな情報か。
伝わらないことを、どうやって伝えるか。
自分の常識を人に押しつけない。
理解を超えた他人の常識を、見て見ない振りを決め込まない。
コミュニケーションは忍耐と努力です。

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