大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

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「想像力の限界」を認める

   

「ある程度、想像がつくこと」と「想像を越えること」の間には、
「経験」という決定的なラインが存在します。

人は、これまで自分が経験してきたことの延長線上にあること、
または、経験したことの組み合わせに近いことなら、
ある程度想像がつくものです。

たとえば、F1自動車に乗ったことはなくても、
普通の自動車で高速道路を高速で飛ばした経験があれば、
その爽快感やスリルは、ある程度、想像がつきます。

また、高層ビル間を綱渡りで渡る、なんて、恐ろしいことをしたことはなくても、
ビルの屋上などの、足がすくむような高さに立った経験や、
平均台のようなカラダのバランスを取るのさえ難しい、
細い直線の板などの上を歩いた経験、
吊り橋のように、重心が非常に不安定に揺れるものの上を歩いた経験があれば、
それらの複合で、どんなに足がすくむほど怖いのか、想像がつくでしょう。

しかし、実際に経験するとなると、脳を駆け巡る情報量や、
カラダが体験する感覚は圧倒的に別次元。

前者の例で言うなら、超高速で走る時にカラダにかかる重力のような重さや、
視界の狭さ、カラダを駆け抜ける感覚や、筋肉の緊張、
感じるであろう振動や、衝撃、音、などなど、
すべてが想像を超えるでしょう。

さらには、自分自身の視力や聴力の状態、呼吸、筋肉の反応、
体温や鼓動、胃腸の状態などなど、どれをとっても、
経験しなければ、けしてわかりません。

カラダを駆け抜ける感覚の集大成こそが「経験」である、といえるのです。

表現力を武器にすべき、ヴォーカリストやミュージシャン、
パフォーマーが知っておくべきなのは、
人間の想像力には限界があるということ。

頭でどんなに考えても、
自分の中に存在しない感覚を取り出すことはできないのです。

感覚が取り出せなければ、どんなにそれらしく表現しているつもりでも、
その表現はフェイク、偽物です。

アカデミー賞を受賞するような俳優たちが、
何ヶ月もかけて、役つくりをするのは、
少しでも近い感覚を取り出すために、疑似経験を積むためです。

『ブラックスワン』のナタリー・ポートマンも、
『レインマン』のダスティン・ホフマンも、
『マーガレット・サッチャー』のメリル・ストリープも・・・

名優と言われる人たちは、みな、徹底的にリサーチし、実際に体験し、
自分の中から、求める感覚を取り出してゆきます。

何より大切なのは、自分の想像力の限界に気づくこと。
そして、それを認めること。

歌えているつもり、できてるつもり、では、
ほんの表面的なことしか取り出せていない、ということ。

なんでも、頭で、わかったような気にならず、
カラダと足を使って、さまざまな経験を積んでいくことが、
やがて、自分の表現を育ててくれることになります。

焦らず、一歩ずつ、想像の限界を超えて行きたいものです。

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 - The プロフェッショナル

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