「そんなこと、基本の「き」だろう!!?」
某ビール会社のCM制作のお仕事で、
ある著名なボーカリストが歌うイメージソングに、
英詞を提供させてもらった時のお話です。
曲を受け取ってから、締め切りまで、確か丸1日ほど。
商品が商品だけに、クライアントの要求も大変高く、
それはそれはテンパりながらのお仕事。
それでも、気持ちよくOKをいただいて、
少しいい気になっていたようなところがあったかもしれません。
OKをいただいた翌日くらいだったと思います。
そのベテランボーカリストの発音チェックなどのため、
レコーディングに立ち会うことになりました。
スタジオに入ると、ロビーには、
鬼より恐い(と当時思っていた)プロデューサーさんが待っていました。
「お疲れさま。
なかなか、いい歌詞書いてくれたね。クライアントも喜んでいたよ」
思いがけないお褒めのことばに、気持ちがゆるんだ次の瞬間です。
「ちょっと歌詞見せて」とプロデューサーさん。
どきりとしました。
当時、作詞の仕事はすべてFAXでやり取りをしていました。
すでに先方に送って、OKもいただいていた歌詞。
当然、スタジオに入るスタッフさんは、用意してきているはずと、
髙をくくっていたようなところがあります。
大きな仕事をやり遂げたと言う気の緩みもあったかもしれません。
私は、歌詞をプリントアウトしたものを用意することなく、
手ぶらでスタジオに行ってしまったのです。
「すみません。持ってきませんでした・・・・」
そう言った私に、プロデューサーの雷が落ちました。
「なにをやっているんだ!?そんなこと、基本の「き」だろうっっっ!!!」
レコーディングや作詞でたくさんのお仕事をさせていただきながら、
マネージメントもついて、デビュー準備をしていた頃のことです。
あちこちで持ち上げられ、ちょっと天狗だったあの頃。
あのことばは本当に染みました。
仕事をなめるな。
常に完璧な準備を怠るな。
いい気になるのは、やることをやってからにしろ。
油断をするな。
完パケのその瞬間まで、仕事は終わっていないんだ。
そんな、たくさんのことを、あの一言で学びました。
今でも、あの時の情けない気持ち、恥ずかしい気持ちは忘れません。
本当にありがたいおことばだったと思っています。
どんな業界でも、ベテランと呼ばれるようになると、
叱ってくれる人はいなくなります。
誰も何も言ってくれない。
自分がいないところで、
「惜しい」と言われ、残念がられ、呆れられ、あきらめられ、
やがて、少しずつ、決定的に、
一緒に仕事をしようと思う人がいなくなっていくのです。
あれから長い年月が経ちました。
あの時のプロデューサーの年齢はとっくのとうに追い越しました。
今でも、叱ってくれる人や意見してくれる人を
ありがたく、大切に思う気持ちは変わりません。
同時に、自分も、そうして人をきちんと叱れる人間でありたい。
必要なときに、必要なことばを、
躊躇したり、遠慮しなりすることなく、しっかりと口に出せる人間でありたい。
ときに、本当に難しいことではあるけれど、
そして、ときに、結構「言い過ぎたかな?」と後悔もするけれど、
その勇気をなくさないことが、
叱ってくれた先輩たちに対しての、
これから成長する後輩たちに対しての、
感謝であり、誠意であり、愛情であると、信じて疑わないのです。
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Comment
いいお話ですね。
どんなに信念や愛情を持って叱っても、残念ながら、受け止める能力の無い人がいます。
そんなときは「自分の言い方が悪かったのか?」とか「言い過ぎたか?」とかグラつくこともあると思いますけど、そうじゃないと思います。
「嫌われてもやむなし」と腹を決めて叱るということは、本当に価値があると思いますね。