一生OKの出ない地獄
「あ〜、今のとこ、ちょっと音取れてないみたいなんで、
もう1回お願いします。」
「惜っしいなぁ。もう一度。」
「直前で転調してるからね。ガイドメロ、出す?」
「あぁ、だいたいよかったんだけど、もう一声っ。」
数あるレコーディングの現場では、
なかなか、なかなかOKをもらえなくて、苦しむときもあります。
ほんの2小節くらいのフレーズが、どうやってもキマらない。
コードトーンにない音を歌うとき、
直前で転調しているとき、
調性感がつかみにくいとき、
なんとなくピッチのゆるい楽器が入っているとき、
テンポが速いとき、
グルーブがつかめないとき、
モニターがしっくりこないとき・・・・・etc.etc..
もちろん、自分の体調の問題だったり、
単に、得意じゃないフレーズだったり、
理由はさまざまですが、
なんし、何回やってもOKをもらえない。
私の場合、そんなとき、
必ずと言っていいほど、頭の中を巡るのは、
「『一生OKの出ない地獄』にだけは落ちたくない。」
ということば。
レコーディングの時というのは、
通常、歌う箇所の4小節〜8小節くらい前から流してもらって、
歌うわけですが、
何度も何度も、「もう1回お願いします」が続くと、
その4小節が、実に生きた心地のしない、長い、苦しい4小節になります。
たとえば、CMのお仕事の場合、
ブースの外には、
ディレクターさん、アレンジャーさん、エンジニアさんの他に、
ずら〜っと代理店の方やら、クライアントさんやら、
スーツ姿の人たちが並んでいるときもあって。
その、みんなの耳と視線は、
いい感じに立派なスタジオのマイクの前に、ポツンと1人、
ヘッドフォンをして立たされているヴォーカリストに注がれるわけです。
CMの勝負はたった15秒。せいぜい30秒。
それなりのギャラをいただいて、呼んでもらっているからこそ、
その状況でOKが出ない時の、全身汗ぐっしょり状態は、
想像するだけでも胃が痛くなりませんか?
たとえば、コーラスのお仕事の場合、
1人で何声も重ねるときはまだしも、
何人かと一緒にマイクを囲んで、
せ〜のでレコーディングをするケースでは、
1人が、OKを出せないと、
全員に何度も一緒に歌ってもらわなくてはいけなくなります。
たとえ気心の知れた仲間でも、
「いま、うまく歌えたのになぁ」と、嫌な顔をされるときもあります。
まして、初対面の人や、
先輩の方々とマイクを囲むときは生きた心地がしません。
歌い終わった直後に、ディレクターさんが、
「う〜ん。なんか今ひとつでしたね」と言うタイミングで、
「私かもしれません」と、自己申告するときの、つらいこと。
もっとつらいのは、
もしかして、意外にばれてないかな?でも、歌詞噛んだよな・・・
などというとき。
「はい、OKです。じゃ、次」と一瞬みんながほっとしたときに、
「あの〜。すみません。間違えました。もう1回やらせてください。」
と言い出すときの気まずさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。
そして、そして、なによりも、
自分がメインヴォーカルのレコーディングの場合。
当然ある程度歌い込んで、それなりに準備をして臨むわけですが、
自分たちの作品ともなると、
「とりあえずOK」というレベルでOKというわけにはいきません。
以前在籍していたバンドでは鬼軍曹と呼ばれるほどの、
(私の比じゃないくらい)厳しいメンバーが
サウンドプロデュースを一手にやってくれていたのですが、
とある曲がどうしてもいい感じに歌えず、
「あ〜、ピッチ気持ち悪ぅ〜。」
「突っ込んでるよ〜」
「そんなに何トラックも録って、誰がセレクトするんや〜💢」
「ほんま、練習してきてや〜」
と何度も怒鳴られまくったことがありました。
また、イギリスでRoy Harperのレコーディングに参加したときは、
私の”in it”の発音がどうしてもしっくりこないと、
何度も、何度も、何度も録り直しをさせられ、
ついに私が逆ギレして、「一体全体私にどうしろっていうの!!?」
怒鳴ったこともあります。
余談ですが、その時は、同席していたアメリカ人のRoyの奥さんも、
「何が悪いの?全然問題ないじゃない!?」と言い出し、
Royは「君たちにはわからない!」とまたキレて、
仕舞いには、3人で大げんかになって・・・
いまだに会うと、その時の話で3人で大笑いするほど、
思い出に残るセッションになりました。
さて。
でもね。
結局。『一生OKの出ない地獄』というのは、ありません。
OKが出ないのは、
まだまだ、わかっていないということ。
細部に気持ちが通っていないということ。
そして、お前にはできるはずや、ということ。
「もう一度」はチャンスなんですね。
何度でも、何度でも、チャンスをもらえるのは、
自分にまだまだポテンシャルがあると信じてもらっているということ。
「こんなもんだね」と思われたら、
機械でちゃちゃっと直して、
さくっとクビを切られるか、二度とお仕事がこないか。。。
「もう一度」と言われた瞬間に何を学ぶか。
何が聞こえてくるか。
どうやって自分を修正、調整するか。
最後の勝負はそこです。
何度でも。やらせてもらえるなら、何度でも。
研究と微調整を重ねて、粘りに粘れば、いつか必ずOKは出る。
今日の学びは、そういうことです。
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