ちゃんと鳴らせ。
以前、お世話になった大洋音楽出版の水上喜由さんが、
「スティーブン・スティルスが目の前でアコースティックギターを弾いてくれたことがあったんだけど、音が出た瞬間、その音量のすごさにびっくりしたんだ」という話をしてくれたことがありました。(ひょっとして、デビッド・クロスビーだったらごめんなさい。。)
こんなことを言うと、さぞかし、激しくギターを弾く人なのかと思うかもしれませんが、いえいえそうじゃない。
達人は、楽器を鳴らせるんです。
日本屈指のロックドラマーとして知られる向山テツさんと初めてお仕事をご一緒したとき、「じゃ、行きます」というカジュアルなかけ声と共に、ドドパーーン!とテツさんがドラムでド頭を叩いた瞬間、その音圧のものすごさに、本気で、飛び上がったものです。
いい音鳴らせるドラマーさんって、どれだけ体力消耗しているだろうと思うと、どうやら、全くそんなことはないらしい。
「力なんかたいして使ってないんだよ。タイミングだよね」とは、ご本人の談。
かの名ドラマー、河村カースケさんも「毎日、座りっぱなしだから、運動不足なんだよな。」などと言っていて、うっそぉと思ったもの。
「デカい音」を出してるんじゃない。
楽器をちゃんと鳴らしているんです。
この「ちゃんと鳴らす」が、なかなか難しい。
名ドラマーほど、楽器のチューニングにものすごい時間をかけるし、叩くポイントもぶれない。とーんと軽く叩いているようなのに、ダーンと、それは小気味よく楽器が鳴る。
昔、音大のアンサンブルの授業で、末原康志さんが、よくドラム科の学生に「もっとデカい音出して!しっかり鳴らして!」とハッパをかけては、そのたびに私の方を見て、「ねぇ、MISUMIちゃん、こんなちっちゃい音じゃだめだよね」と、同意を求められ、声の小さなヴォーカル科の学生をたくさん受け持っていた私としては答えに窮したものです。
末原さんとしては、学生たちを、「ちゃんと鳴らせるドラマー」に育てたかったのでしょう。
ドラムの音がデカすぎると、クレームをいわれることを怖れて、こぢんまり叩くなと。
いいドラマーの音よく鳴る。でもね、うるさくないんですよ。全然うるさくない。
音が鳴らない人ほど、ドタバタ叩く。だからデリカシーがないと言われる。
ちゃんと鳴らす努力。その楽器の最高の音を引き出す努力。
これ、ヴォーカルも全くおんなじです。
楽器本来のいい音で、ちゃんと鳴らせるから、自然と音量が上がる。
自分の出せる最低音から最高音まで同じ音色同じ音量で鳴らせるから、どんなに音量を押さえ込んでもメロディは美しく響くし、最高音量と最低音量、つまりダイナミクスを自由自在に操れるから、思うままに表現できるというわけです。
私、そんな大きい声とか出す芸風じゃないんで、って思っている人ほど、ちゃんと鳴らす練習、してください。
最高の先生は、自分の耳だ。
自分の耳が許さない音を、弾いてはいけない。(ショパン)
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