大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

無限の可能性の中から選び取る、 たった一つの音。

   

レコーディングなどで自分の声と向き合うと、
声というものの表現の無限の可能性に、
いささかひるんでしまうことがあります。

 

人は自由になるほどに、
目の前の可能性や選択肢が広がるほどに、
そこに付随する責任や孤独に耐えられなくなって、
自由から逃げ出したくなる・・・。

著名な社会学者が言ったとか。

 

優しく歌うべきか。激しく歌うべきか。
感情を乗せるべきか。感情を抑えるべきか。
冷たい音色にするか。温かく歌うのか。

リズムを強調するのか。
メロディーラインを重視するのか。

音色を大事にするのか。
ことばを大事にするのか。

テクニカルに歌うのか。
シンプルに歌うのか・・・etc.etc…

 

歌そのものが「こう歌って」と語りかけてくるような時もあります。

歌詞がぐっと胸に迫ってきて、
自然に表現を選び取っていることもあります。

曲ができたときから、自分の中で、
こう歌いたいという明確なイメージがあるときもあるし、

なかなか、つかめないときもあります。

もしくは、つかんでいたと思ったものが、
なんだか違って感じられるときもありますし、

イメージどおりに歌えなくて、
情けない想いをするときもあります。

 

カバー曲などでは、
オリジナルを歌っている歌手の表現を尊重するのか、
あえて、全然違うアプローチをするのか、
という、葛藤もあります。

 

お仕事などで、ディレクターさんなどから、
「こう歌って」と指示してもらえるときは違います。

誰かの抱いているイメージをなぞることは、
技術力や、表現力こそ試されますが、
生み出す苦しみのようなものはないものです。

 

さまざまなアプローチを実験的に繰り返すことのできる、
ライブなどとも違う。

 

一生残るパフォーマンス。
そして、たくさんの人が耳にすることになるパフォーマンス。

その歌の、自分にとってのベストな表現はなんなのか。

レコーディングのシビアさと残酷さ、
孤独が、そこにはあります。

そして、それこそが、レコーディングの面白さであり、
アーティストとしての真価なのです。

 

自分の歌に、OKを出すときの崖っぷち感は、
もうたまらんものがある。

自分の声という無限の可能性の中から選び取る、
たった一つの音。

 

それが、プレイバックを聞いたときに、
ふっと腑に落ちる、
ぴたりとハマる、
なんだか、心がうぉ〜うと叫ぶ、

そんな歌が歌えたときのやった感は格別です。
製品になってからも、
何回も聞いてしまう、
聞く度に、うぉ〜うと感じる。。。

だからこそ、シンガーはやめられないのですね。

 

日々是精進です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<MTLからのお知らせ>
◆ 9月2日(土)【第5回ダイジェスト版 MTL ヴォイス &ヴォーカル レッスン12】開催決定!
◆ 9月30日(土)【第4期 MTLヴォイス & ヴォーカル レッスン12】開講決定!
◆10月4日【MTL Online Lesson12】が、ついにスタートします!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
コアでマニアックなネタを中心に不定期にお届けしているヴォイトレ・マガジン『声出していこうっ!me.』購読はこちらから。

 

 - The プロフェッショナル

  関連記事

たったひとつの正解を探す~Singer’s Tips #34~

キーは、 どんな表現をしたいか、 どんな効果を狙うか、 自分のどんな表情を切り取 …

「これ、誰がOK出したの?」

仕事柄、たくさんのアーティストや、その卵たちから、 自主制作音源や、インディーズ …

BPM1目盛りの職人芸

BPMということばが普通に使われるようになったのは、 いつの頃からかわかりません …

「ダメ出し」こそが、プロの技を試される仕事なのだ

他人にダメ出しをする人には、 自分のためにダメ出しをする人と、 相手のためにダメ …

100万人と繋がる小さな部屋で。

デビュー前からヴォイトレを担当している、 アーティストのライブに行ってきました。 …

“トレーナー”というものの役割を思う。

音楽の世界ってゴールはないんだよな。 ワクチンの軽い副反応で、 なかばサボりなが …

「教える者」であるということ

学生時代。 先生が生徒をジャッジするより、 生徒が先生をジャッジすることの方が圧 …

リズムが悪いんじゃない。カツゼツが悪いんだ。

昨夜、ヒップホップグループN.W.Aの伝記的映画、 “Straigh …

ベーシストって、すごいんだ。

「いやー、とにかく憧れていたんだよね。」 「こどもの頃から習ってたから。」 「家 …

「圧倒的な安心感」をくれるプレイヤーの条件

魅力的なプレイヤーたちとのパフォーマンスはドキドキ感の連続です。 心地よい音色と …