「彼の演奏は完璧だ。だけど、彼の演奏はEmpty(空っぽ)なんだ。」
「この歌手は”お上手”過ぎて、面白くもなんともねーな。」
ステレオから、テレビから、
流れてくる歌手たちの歌を聴きながら、
父は時々、こんな風にぼやいたものです。
へたくそな歌手にも容赦なかったので、
別に、へたな方がいいと言う意味ではないでしょう。
しかし、父の言う「お上手」は、
絶対に褒め言葉ではありませんでした。
「こういう優等生みたいな、
面白くもない歌だけは歌わないでくれよな。」
歌というものに一家言持っていた父は、
歌を志すようになった私に、よくそんなことを言いました。
父の言う意味がハッキリわかったわけではなかったけれど、
確かに、父が”お上手”と評する歌には心惹かれる、
「なにか」が欠けていました。
ニューヨーク時代の親友で、
ブラジルから国費で留学していたパウロ・マルテリとも、
同じような話をしました。
ある日本人ギターリストを評し、
「彼は本当に素晴らしいテクニックの持ち主だ。
あんなに正確に、完璧に弾ける人は世界にもなかなかいない。
だけどね、MISUMI。
彼の演奏はEmpty(空っぽ)なんだ。」
と語ったパウロ。
パウロの演奏は、信じられないくらいエモーショナルで、
感動的で、聞く人の胸を打ちました。
当時のパウロと私の結論。
自分自身を、
そして、自分が表現したいものを、
過不足なく表現できるだけのテクニックを身につけること。
それこそが練習の目的である。
表現したいものは、
常にテクニックを上回り続けなければならない。
そして、テクニックは、
成長し続ける自分の内面を追いかけ続けなければならない。
それこそが、アーティストというもので、
私たちは「技術屋」になってはならないのだ、と、
共に誓い合ったものでした。
それは、渡米前、
高い技術を要求されるスタジオを中心に仕事をしていた、
自分自身への戒めでもありました。
今も、私の信条は変わりません。
プロは、うまいのは当たり前。
しかし、自分の歌を聴いた人に、
「うまいね」としか言われなくなったら、
歌はやめた方がいい。
ただし、人を感動させられるほどの「うまさ」を持てるなら別。
世界広しといえども、
人を感動させ、興奮させられるほどのテクニックがある人は、
ほんの一握り。
その領域に足を踏み込むなら、
それはもう、圧倒的な、
超絶技巧を身につけるレースに出る覚悟が必要。
ただし、プロ中のプロでも、そんなレベルの人は、
まぁ、滅多にお目にかかりませんから、
オリンピックの選手とおなじで、
目差してなれるものではないのでしょう。
そんな特別な人たちでない限り・・・
歌は心を伝えるもの。
歌は人なり、です。
魅力的な歌手である前に、魅力的な人であること。
いつも心に伝えたいことがあふれていること。
人前で歌う人なら、
いつも胸に手を当てて、考えたいことのひとつです。
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