で?なにがやりたいわけ?
高校時代、多重録音というものへのあこがれが高じ、
ラジカセをふたつ向かい合わせに置いて、
次々と音を重ねて行ったことがあります。
なんし、アナログな楽器以外なにひとつ持っていなかった頃です。
ピアノ、アコギ、エレキで出せない音は、
ハットの代わりにペンで机を叩き、
バスドラの代わりに床を踏みならし、
ハミングでストリングス的な音を出し・・・
気分よく音を重ねきった頃には、
カセットテープがノイズですっかりマスキングされて、
最初に録った音はすっかり聞こえなくなっていました。
おまけにピアノの上からラジカセを足の甲に落下させて、
しばし歩行不能になったっけ。。。
「いつか、プロみたいに、本物の多重録音してみたい!」
そんなストレスと憧れに満ちた時代の数年後、
生まれて初めてカセットのマルチレコーダーと、
初期のシーケンサーを手に入れたときは、
幸せで胸がいっぱいになったものです。
まだ4トラックしか録れなかった当時のマルチレコーダー。
楽器、アレンジのすべてを担当してくれた先輩ミュージシャンと
デモを制作したときは、
チャンネルの1つに同期信号、
2つ目にモノでカラオケ、
残った2チャンネルでヴォーカルのOKテイクをつくり、
ハーモニーをつけて、
モノのカラオケを消しながら、最後のコーラスのパートをつける・・・。
経験のない方には想像しづらいかと思いますが、
2つきりのチャンネルでヴォーカルのOKテイクを録るというのは、
なかなかに大変なことでございます。
何回も、何回も歌って、
大筋、いいテイク録れたから、
一カ所だけ修正しようと、
フットスイッチでパンチイン&パンチアウトして歌ったら、
肝心のいいとこがちょっぴり欠けちゃったり、
せっかく録った歌い出しが欠けちゃったり・・・。
アナログでしたからね。
消しちゃったものは二度と取り返せず。
しかもカセットなんで、
録り直せば録り直すほど、どんどん音が劣化する。
結局、つるっと完璧に歌えるようになるのが一番速くて、
いい結果になる、ということで、
歌の方が上達しました。
まぁ、これはありがたい誤算でしたが。
そんな雑な録音機材と、
今思えば原始的とも言える、
強弱が4ステップくらいでしか表現されていないシーケンサーと。
海外にいた頃には、もっともっと簡易型の、
ストレスしか感じないちゃちいシーケンサーをつかって、
それでも何十曲と作品をつくりました。
しかし、だからこそ、
PCやら、音楽ソフトやらのありがたさを
心の底から感じます。
やりたかったこと、苦労してきたことが、
ちょちょいのちょいでできる。
しかも、何倍も何倍もわかりやすく、
かゆいところに手が届くようなきめ細かい調整までできる。
はじめて手にしたときは、
目の前がば〜っと広がる感じがしました。
若者たちと話していて、
「レコーディングとか、やってるの?」と聞くと、
「そうなんですよね。
機材買わなくっちゃとは思っているんですよね」とか、
「やっぱり音楽ソフトとか、覚えなくちゃだめなんでしょうか?」
という返事が返ってきます。
いやいやいやいや。そうじゃない。
機材やソフトの使い方が先に存在するのではない。
やりたいことが明確でないのなら、
どんな立派な機材を持ったって宝の持ち腐れです。
「これをやりたい!」という欲求や願望がまずそこにある。
「あれがなくちゃ」とか、「これがなくちゃ」とか、
四の五の言わずに、
まず、今、できることを最大限にやってみる。
ありったけのくふうをする。
やがて、自分に本当に必要なものが見えてくる。
肝心なのは自分の欲望を純化していくことです。
機材はやりたいことを叶えるツール。
それを手に入れたり、覚えたりすることが心のノイズになったり、
目的のようになっては、本末転倒なのです。
で?なにがやりたいわけ?
いつだって、質問はこれに尽きるのです。

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