今は昔、「スタジオ」というマジック。
私がスタジオのお仕事をはじめた80年代。
レコード会社や制作会社からお仕事を引き受けると、
「では」と伝えられるのは、
レコーディングの日時とスタジオ名だけと決まっていました。
例えば「では、7月20日13時、グリーンバードで。」
「8月10日、オンキョーです。」
「MITの地下になります。」
のような感じ。
気の利いた人は、この後に、
「ご存知ですか?」って聞いてくれますが、
まぁ、業界特有の「そのくらい知ってるだろ」という空気と、
「知らないってことは、あんまり仕事やってないってことね。」という
値踏み的な意味があったのではないかと、
勝手に考えています。
だんだん、慣れてくると、
「あ、じゃ、地図、ファックスしといてください。」
と、しれっと言えるようになりましたが、
駆け出しの頃は、これをやられるたびに、どきどきしました。
グーグルないんですよ。
携帯電話もない。
こっそり、同業者に教えてもらったこともあります。
そのくらい、
仕事やっている人間なら、
知っていて当たり前の
立派な「営業スタジオ」が、
本当にたくさんありました。
ビクター(青スタ)、ワーナー、サンライズ、オンエア−、
一口坂、信濃町ソニー(シナソ)、サウンドイン、ランドマーク、サウンドシティ、
ポリドール、Wave・・・
もうね、そこには、
1歩足を踏み入れただけで、
自分自身が特別な世界に属しているような、
プライドを感じさせてくれる、
本当にスペシャルな空気が流れていました。
そんな老舗スタジオの、
ブースのど真ん中に据えられた、
ヴォーカルレコーディングスペースに立つときは、
足が震えました。
そこに立たせてもらうことに、
誇りを感じるからこそ、
何が何でもいいお仕事して、
期待にこたえなくちゃというプレッシャーを、
お腹のど真ん中に感じて、
ほんっとに全身全霊が集中しました。
老舗スタジオには、そんな、
強烈なパワーがあったんですね。
デジタル化が進み、
何回も歌っていた同じフレーズを、
一回しか歌わなくてよくなったときは、
「あぁ、なんて幸せ」と思いましたが、
それは、老舗スタジオとの
お別れのはじまりでした。
生楽器の出番も少しずつ減ったこともあって、
各プロダクションが、
コンパクトな自社スタジオをつくり、
だんだんと現場がプライベートスタジオに移行していきました。
機材がどんどんコンパクトになっていったことに加え、
CDがどんどん売れなくなって、
予算もどんどん縮小されて、
レコーディングのお仕事自体も、
どんどん限られていったように感じます。
老舗スタジオも少しずつ、
その歴史に幕を下ろしているようです。
寂しいですね。
コロナで自粛を迫られている
今だからというのもありますが、
スタジオにさまざまな立場の、
たくさんの人が集って、
いろんな人間ドラマがあったあの時代が、
なんとも懐かしい。
軟派されたり、
叱られたり、
揉めたり、
ケンカしたり、
駆け引きしたり、
そして、
みんなで「面白いものつくってる」、
「新しいものつくってる」っていう意識を共有していた、
あの空間。
時代は前にしか進めません。
今しかできない楽しみ方を、
今だからできる触れ合い方を、
模索しながら、
まだまだいいものつくっていきたいなと、
思うのです。
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