「これ、誰がOK出したの?」
2016/06/07
仕事柄、たくさんのアーティストや、その卵たちから、
自主制作音源や、インディーズ作品などを聞かせてもらいます。
「おぉ、かっこいい!」「がんばってるなぁ〜」というものもあれば、
正直、(あくまでも主観ですが)
「ん?これ、もう売ってるの?」と思ってしまうものもある。
もっとも気になるのは歌のピッチ。
そして、声のクオリティ。
次いで歌詞が聞き取れないこと。
中にはどう聞いてもギターのチューニングが気持ちよくないものや、
全体のリズムがヨレているものまである。
いえいえ。
けして、粗探しをしてやろうという意地悪な耳で聞いているとか、
コメントしなくちゃ、という「先生聴き」をしているわけではありません。
多少、一般の人よりも、そういうことに敏感なのは認めますが、
ここで私が言っているのは、おそらく、音楽をやっている人なら、
誰でも湧くレベルの「?」です。
そこで必ず頭にのぼる疑問。
「これ、誰がOK出したの?」
たった1人で宅録しているならともかく、
ある程度のクオリティでレコーディングしているからには、
必ずその現場に、メンバーなり、スタッフなりがいるはずです。
録っている場にいなかったとしても、
その歌や演奏を繰り返し聞いた人たちが、
演奏したプレイヤーやシンガー以外にいるのが普通です。
そんなに何人もで、何回も聞いていて、
外部の人がちょっと聞いて気づくことに誰も気づかなかったとは考えづらい。
特に歌のピッチなどは、真っ先に気になるはずです。
ところが、誰もそれを指摘しない。
それは、誰がOKを出すのか、きちんと決めていないからではないか?
ずいぶん昔のことになりますが、
映画の音楽プロデューサーアシスタントとして、
撮影現場に立ち会っていたことがあります。
「田舎の高校生が家の納屋でバンドの練習をする」というシーン。
私の役割は彼らの演奏が、
前もって録音されているサウンドトラックとちゃんとシンクロしているか、
チェックすることでした。
人里離れた農家の納屋を借り切って、
バンドセットを組んで照明機材、撮影機材をがっつり持ち込んで。
予算が限られていたため、撮影できるのはその夜しかありません。
文字通り夜を徹しての、それはそれはハードな撮影でした。
カメラが回り始めると、あたりは一瞬にして張り詰めた空気になります。
何十人ものスタッフと出演者たちが、カチンコが鳴った瞬間から、
カメラが止まる瞬間まで、全身全霊で集中します。
カメラが止まると、あちこちから、声がします。
「照明OKです。」
「音声OKです。」
「スモークOKです。」
次の瞬間、監督が私に問いかけます。
「先生、いかがでしたか?」
当時、まだ20代そこそこの、単なるミュージシャンだった私にとって、
この時の具合が悪くなるような重圧は、今も忘れられません。
その場にいるすべての人の目が私に注がれます。
演奏者の誰かが、はっきり、大きく間違えていれば、
即座に、「もう一回やらせてください!」といえたでしょう。
しかし・・・
できちゃいないんだけど、こんなもんならOKなんじゃないか?
これ以上何回やっても同じなんじゃないか?
ひょっとして、次は、今より、かえって悪くなるんじゃないか?
そんな風に悩みはじめると、ことばは声になりません。
とはいえ、判断できるのは私しかいない。
まして、フィルム映画。その場でプレイバックはできない。
私が出すOKのひとつひとつが作品の出来に関わり、
最終的には、すべてをまとめる監督の作品の仕上がりに関わる。
・・・本当に、本当に苦しい、長い夜でした。
OKを出す、というのは、それほど重要、かつ不可欠な仕事です。
少し話がそれたでしょうか。
自分自身の歌を自分で正確にジャッジできるなんて人は、
プロでも、滅多にいません。
本人はできているつもりでも、客観的に聞くとジャッジが甘い、
というケースの方が圧倒的に多いでしょう。
誰にジャッジしてもらうかを決めることは、
だからこそ、作品づくりの上で非常に重要なこと。
総合ディレクターがいないなら、少なくとも、
このパートの仕上がりの最終責任は誰が取るかを、
きっちり決めておくべきです。
もちろん、暗黙の了解で、決まっているなら、
いちいちことばにする必要はありませんし、
「自分の耳しか信用しない」と言い切れるなら、
自分でOKを出して、自分で責任を取ればいいわけですから、
それで結構でしょう。
誰がOKを出すのか。
本当に、本当に重要なことなんです。
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