「自然体」を演出する。
「自然体でステージに立っているようすがカッコいい」
などと評されるアーティストがいます。
何千人、何万人を前に、
家でのんびりしている時のような気持ちでパフォーマンスすることは、
もちろん不可能。
そこそこのアーティストになれば、
何人もスタッフがついて、
衣装やヘアメイクも相談の上決定するわけですから、
「自然体な感じでいきましょう」と、
ルックスそのものも、仕掛けられているわけです。
余談ですが、
契約社会のアメリカでは、
アーティストたちは日常の服装や髪型までも、
細かく指定され、少しでも違反すれば訴えられることさえあるようです。
ラフに見えるスタイルも、すべて計算されているのですね。
10年ほど前に、お話した、某有名アーティストはこんなことを言っていました。
「昔は、いかにも衣装ですって服でステージに出るのがカッコよかったけど、
最近は、楽屋に入るときの私服のまま、
ラフな感じでステージに立つ方がカッコいいとされているんだ。
だから私服から、衣装にしてもいいようなスタイルのファッションを心がけてるよね。」
つまり、ステージの上が自然体に見えるよう、
日常から演出しているわけです。
これはなかなか奥の深い話です。
一方で、ずいぶん昔のことですが、こんなこともありました。
2人の黒人ミュージシャンと一緒に、
R&B系のアーティストのサポートをしたときのこと。
プロデューサーから、TシャツとGパンでステージに出るようにと命じられ、
2人の黒人が怒り出しました。
「人前に出るときは教会に行くのと同じなんだ。
ボクたちは正装しなくちゃ。
それがボクたちの日常なんだ!」
「人前に出るときは正装すること」が彼らにとって、自然なこと。
この場合、プロデューサーは、
「ラフに見える衣装」を用意すべきだったのでしょう。
アーティストのように、
コンスタントに自分自身を人前にさらす仕事をする人にとっては、
日常もすべて、仕掛けの一部。
バッチリお化粧して、完璧に衣装をつけて・・・
おそろいのスーツを着込んで・・・
ロックファッションに身を包んで・・・
どんなスタイルでステージに立つとしても、
そこは必ず自分の日常の延長です。
人前に立つときだけ、別人になることはできない。
ステージの上の自分が自分の一部であるように、
日常も、アーティストとしての自分の一部なのです。
自然体な自分自身の日常を演出することなしに、
ステージ上の自分を演出することもできません。
結局、アーティストとしての人生を生きる覚悟を決めた人だけが、
本物のアーティストになれるのかもしれません。
購読はこちらから。
関連記事
-
-
なんで、ずれないんですか?
レコーディングの現場で頻繁につかわれることばに、 「ダビングする」、「ダブる」、 …
-
-
解像度を上げろ!
※本記事の内容を、現在の視点でアップデートした記事を公開しました。→ 解像度を上 …
-
-
「なり方」なんて、きっとない。
「普通の人とおなじことしてたんじゃ、何者にもなれないでしょ」 ボイトレに通って …
-
-
「曲が降ってくる時」?
世の中にはたくさんの優れた作品を残しているアーティストがいます。 …
-
-
「そういう素人臭いのじゃなくて、ちゃんとフレーズ歌って!」
「声くださ〜い」 音楽の現場に長くいるので、 この「声ください」と …
-
-
「ライブ直前って、何します?」
「ライブの前って何食べますか?」 「お酒飲みますか?」 「やっぱり結構声って出し …
-
-
「あの〜、お仕事あったら、よろしくお願いします。」
「あの〜、なんかお仕事あったら、よろしくお願いします!」 ミュージ …
-
-
「誰に学ぶか?」vs.「誰が学ぶか?」
中学1年でやっとの思いでピアノを買ってもらって、通い始めた近所のピアノ教室。 2 …
-
-
「リハーサルって何回くらいやるんですか?」
ライブに来てくれる学生たちによく聞かれる質問のひとつに、 「リハーサルって何回く …
-
-
他人の作品を「表現する」ということ。
ケン・ソゴルという名前を聞いて、 「おぉ、懐かしい」と思う人は、 どれくらいいる …

