他人の作品を「表現する」ということ。
ケン・ソゴルという名前を聞いて、
「おぉ、懐かしい」と思う人は、
どれくらいいるでしょう?
「あら韓流かしら?」の人の方が、
まぁ、圧倒的に多いでしょうね−。
ケン・ソゴルは
筒井康隆のライト・ノベル、
『時をかける少女』の登場人物。
700年後の未来からやって来た少年です。
この小説を原作にNHKがドラマ化した、
『タイムトラベラー』。
私と姉は、このテレビドラマが
それはそれは大好きで、
毎週、真剣な顔でテレビの前に陣取ったものでした。
(『時をかける少女』が映画化されたのは、10年後です。)
ドラマの中で起きることは、
当時の私にとって、なにもかもが新しく、
奇想天外な出来事ばかり。
「どうせなら原作を読みなさい」と言ったのは、
父だったか、それとも先に読んだ姉だったか。
それが、私にとって、
最初のSF小説になりました。
小説から受ける印象は、
テレビドラマのそれとは、全然違いました。
登場人物も、基本設定もほぼ同じ。
それなのに、景色が違う。
登場人物の容姿も声も違う。
小説では実際には、なにも見えていない、
聞こえていないにも関わらず、です。
ひとりの人間が創作した世界観に、
他の人の解釈やテイストが加わると、
作品はまったく別ものになる。
こども心に、
小さなカルチャーショックを感じた出来事でした。
以来、実にたくさんの作品の、
映画を見ては原作を読み、
原作を読んでは映画を見る、
ということをやってきました。
多くの場合、
小説先行だと映画の世界観は陳腐に感じられて、
なかなかなじめません。
自分の頭の中のイメージが鮮明なほど、
他人の解釈や表現に違和感を覚えてしまう。
「あーあ」と途中で見るのをやめてしまうことも、
多々あります。
しかし、一方で、
そんな私の抱く世界観をいとも簡単に塗り替えて、
小説とは全く別ものの、新たな感動を与えてくれた、
素晴らしい映画もたくさんありました。
映画のつくり手が、
心の底から原作を愛し、
徹底的に自分の中に落とし込むことで、
原作に新たな命を吹き込む。
奇をてらうわけじゃない。
自分のアイデンティティを押しつけてくるわけでもない。
新解釈を持ち込むわけでも、
実験的な試みをちりばめる訳でもない。
そこに、映画のつくり手の哲学があり、
美学があり、情熱があることで、
作品は原作とは全く違った、
新たな命を与えられることになるのです。
さて。
カバー曲と原曲にも、
同じことが言えるのではないか。
人は、オリジナルのつくり手や歌い手に、
敬意を覚えます。
「カバーは所詮カバー」と、
無意識に見下してしまう場合も多々あります。
だから、カバー曲の歌い手は、
あーでもない、こーでもないと、
聞き手に感動を与えるしかけを考えるわけですが、
オリジナルバージョンに慣れ親しんでいる人ほど、
あれこれ仕掛けられるほどに、興味を失ってしまうもの。
このとき重要なのは、
先ほど映画で語ったことと全く同じです。
奇をてらうことでも、
自分のアイデンティテイを発揮しようと、
あの手この手で仕掛けることでも、
新解釈を持ち込むことでもありません。
カバーしようとする曲を、
自分の中に完全に落とし込み、
自分の命の一部にすること。
哲学や美学やこだわりは、
パフォーマンスから自然ににじみ出すものなんですね。
この「完全に落とし込む」ができていない、
未消化なうちに、
バスケのパスをまわすかのように、
ぽいっと他の人に投げてしまうと、
残念ながら、一瞬にしてお里が知れます。
「原作は売れたから、そこそこお客さん入るでしょ」
と、安易につくって大コケする映画って、
たいがいこんなことなんじゃないか。
落とし込む。
「腑に落ちる」まで、
とにかく咀嚼して、咀嚼しまくる。
だから、カバー曲って、
本当に好きな曲しか歌っちゃダメなんですよね。
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