大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

ことばってムツカシイ。

   

「うっそぉ〜」というリアクションが流行ったのは、
80年代だったでしょうか。

「うっそぉ〜」「信じらんな〜い」

何かに驚いたとき、ショックを受けたとき、
友人同士で当たり前のように使っていた、このリアクションで、
実は、人を傷つけてしまったことがあります。

とあるライブハウスの楽屋で、
アフリカ系アメリカ人の若い男性と一緒になりました。
名前を仮にジェイとさせてください。

日本人ばかりの楽屋でぽつんとひとり座っていたジェイ。
当時の私は、
まだたいした英語もしゃべれませんでしたが、
ジェイがなんとなく淋しそうに見えて、
一所懸命話しかけました。

話してみれば、ジェイは実に気さくで愉快な人です。
会話もどんどん盛り上がり、
やがてジェイの生まれ故郷の話になりました。

「ボクの故郷は、すごく危険な街だ。
ボクのおとうさんもミュージシャンだったんだけど、
お金を持っている黒人が許せなかったんだろうね。
ボクの目の前で、後ろから撃たれて殺されたんだ。」

なんとも衝撃的な話でした。
許せない、酷い話です。

心を大きく動かされた時ほど、
ことばの壁を感じるときはありません。

溢れてくる想いに、
脳の翻訳するスピードが追いつかないのです。

ただでさえボキャブラリーも乏しかった頃です。
取り出すことばが見つかりません。

動揺した私は、とにもかくにも、
心に浮かんだことばを、
必死に英語に翻訳しました。

「うっそぉ」「信じられないっ」

そのたびにジェイは
「ホントの話さ」。
「日本人には理解できないかもしれないけど、
アメリカってそういう国さ」。
と、必死な顔で言います。

酷いわ。
そんなこと、許されないことよ。
私たち日本人には、理解を超えたことだわ。

・・・そんな思いを伝えたくて、私は拙い英語で、
たぶん、こんなことを言ったと思います。

「日本は平和な国でしょ?
だから、そういう話って、ホントに信じらんないわ。」

ジェイの表情が変わりました。

「なんでボクの話が信じられないんだっ!
ボクの父の死の話をしているんだ。
ウソなんてつくわけないだろ?」

ジェイは不愉快きわまりないという顔で、
そう言うなり楽屋を飛び出して行ってしまいました。

なぜ彼が急に不機嫌になったのか、
訳がわかりませんでした。

心が触れあう時間だったはずなのに。

私は心から彼の身の上に起きたことに、
同情したし、怒りを感じたのに・・・。

 

しばらくして、英国人の友だちに、その時のことを話すと、
こんな風に言われました。

「『信じられない』ということばを
“I can’t believe it!”
と直訳してはダメなんだ」。

「同じ意味でも、
“incredible”、”unbelievable”と言えば、
気持ちは伝わったはずだよ」。

「『うそでしょ』という気持ちを表すのに、
“lie”という単語を使うのもダメだね。
同じ気持ちを表すことばなら、
“No Way”(まさか)とか、
“Really?”(ほんとに?)だったら誤解されなかったよね」。

他言語でのコミュニケーションの難しさを痛感した出来事でした。

 

それっきり、ジェイに会うことはありませんでした。
きっと私を「人の話をまともに聞けない馬鹿女」と思ったんだろうな。

 

ことば選びの難しさは、
外国語だけでなく、日本語でも同じです。

ことばの意味づけは受け手が決める。
ことばの持つ意味は人の数だけあるのです。

誤解されないようにことばを選ぶ。
相手が使うことばの真意に思いを馳せる。
自分の発したことばがきちんと伝わっているか、
折に触れ確認する。

コミュニケーションは、本当にムツカシイ、
深いものですね。

【11月1日は年に1度のMTL感謝祭、MTL 配信Live 2020!】
こちらよりYoutubeにアクセスしていただけたら、世界中どちらからでもご覧いただけます。
バーチャル夏合宿で切磋琢磨しあったMPCメンバーの渾身の映像作品、私、MISUMIのトークライブ、そして全員参加のクワイア映像などなど。今年も盛りだくさんでお届けします。
Open  13:00 Start 13:30です。
ぜひチャンネル登録&アラート設定の上、当日はぜひリアルタイムにて応援をよろしくお願いいたします!

 - B面Blog, Life

  関連記事

努力賞はない。そんなものはいらない。

「努力賞はないからね。」 音楽業界で仕事をするようになって、 一体何回このことば …

きっと、低気圧のせい

昨日から今日の夕方にかけて、 とにもかくにも引き込まれるように眠くて、 仕事がは …

誰もが自由に発信できる世の中では、 「プロフェッショナルな送り手」は不要なのか?

インターネットのおかげで、 個人が自身のコンテンツを自由自在に 広められる時代が …

とりあえず飛び込め~Singer’s Tips #32~

うまくなったら、バンドやりたい。 いい曲書けたら、音源つくりたい。 自信がついた …

自分が見つけたかった音楽の興奮や感動は、今もそこにあるか?

何かを必死に追いかけ続けていると、 ふと、なぜ追いかけてきたのだったか忘れてしま …

パフォーマーなら「好かれたい」自分を恥じない!

人前で歌う、演奏する、演じる、など、 パフォーマンスをする人は、いわゆる人気商売 …

「声」は自分で選ぶ。〜Singer’s Tips #8〜

「●●みたいな音楽やりたいんですけど、声質が向いてなくて」 「△△さんみたいに歌 …

アチチュードが、結果をつくる。

なにから始めたらいいかわからないなら、 憧れの人がやっていることを観察して、マネ …

「向いてない」んじゃない、「イケてない」んだ。

「お前、無理してそんな歌、歌うなよ。 お前には似合わないぞ。」 「MISUMIち …

ビブラートのかけ方ぁ〜!?

ビブラートのかけ方などというものをはじめて意識したのは、 『これなら歌える!ボー …