「できない」と言える「自信」を育てる。
レコーディングのお仕事に
呼んでもらうようになったばかりの駆け出しの頃。
スタジオ前夜から、
「なんで引き受けたんだろう」と逃げ出したくなり、
当日は身支度している時も、
現場へと向かう時も、
ず〜っと恐怖で胃の中がざわざわしていました。
その頃、恐れていたことといえば、
初見で即、歌ってくださいって言われたらどうしよう。
楽器が置いてなかったらどうしよう。
自分の音が取れなかったらどうしよう。
メロが覚えられなかったらどうしよう。
・・・と、
まぁ、ごく初歩的なことばかり。
ちなみに、スタジオのお仕事といえば、
前もって資料をいただくことは希です。
なんのプログラム(お仕事)かも知らされず、
ただ、スタジオの名前と日時を告げられて、
現場に向かう、なんてことはざら。
現場に入って、
スタッフさんたちに「はじめまして」とご挨拶をして、
「じゃ、お願いします」と譜面を渡され、
軽く説明を聞いて、
そのままブースに案内され、
ヘッドフォンをかぶって、
「じゃ、一回流します」
と、つらっと音を流されて、
2回目は
「じゃ、回しながら行くんで、
軽く歌ってみてください」で、
(「回しながら」は「録りながら」の意味です。
テープの時代の名残ね。)
歌い終わると、ちょちょいと指示が出て、
「じゃ、本番行きます」
みたいな流れが基本のスタジオの世界。
先輩たちは、
まるで新聞を読むように、
さらっと譜面を読み解き、
ああ、こんな感じね、とばかりに、
あっさり歌ってOKをもらっていました。
譜面が苦手な私にとっては、
おたまじゃくしはロシア語同然。
ピアノをやっていたので、楽器さえあれば、
どんな音を歌うのかくらいは理解できますが、
頭の中で音を鳴らすなんて、神業です。
しかし、
そんなことがバレたら、
もうお仕事に呼んでもらえなくなる。
是が非でも、譜面が読めるようになって、
もしくは譜面が読めるふりをして、
お仕事に呼んでくれた先輩の顔に、
泥を塗らないようにしなくっちゃ。
・・・そんな思いで、
こっそりちっちゃいキーボードを持ち込んで、
譜面をチェックする。
本番も、歌う直前に音を出して確認する。
日々、初見の本を買ったり、
コーリューブンゲンを練習したりと、
ちょっとでも譜面が読めるようにがんばる。
それでも、コーラスなどでは、
自分の歌う音がわからなくなったり、
相方につられたり。
いきなりの転調でドツボにはまって、
何回も録り直しになったこともあります。
その度に先輩に叱られ、
お先真っ暗な気分で帰路につく・・・
その頃は、譜面が読めるか、読めないかということが、
ヴォーカリストとしてのキャリアを左右するのではないかとさえ、
本気で思っていました。
まったく、
なんて無駄なことに神経をすり減らしていたのでしょう。
いや、もちろん、
スタジオのお仕事をやる以上、
ある程度の譜面の理解力は必須です。
楽器なしで読譜できて、
初見もバッチリだったら、
それは素晴らしいことです。
しかし、ヴォーカリストがスタジオで本当に求められるのは、
安定したいい声、
ピッチやリズムの正確さ、
曲の理解力、
ディレクターたちとのコミュニケーション力、
表現力、アイディア、そしてグルーヴ。
譜面がどれだけスイスイ読めても、
これらが平均的なヴォーカリストは、
スタジオの世界で売れていくことはありません。
「譜面が速い」ということは、
「仕事の精度が高い」ということとイコールではないからです。
実力のあるヴォーカリストは、譜面が弱くても、
曲の覚えが圧倒的に速い。
譜面にない、曲の音楽的な意図をすぐさま読み取って、
高い精度で、素晴らしいパフォーマンスを残すことができる。
だから「あの人を呼べ!」
となるわけです。
そんなことを知ってから、
譜面が読めるふりなんかせず、
堂々とミニピアノをスタジオに持ち込んだり、
キーボードを用意してもらったりするようになりました。
オドオドしなくなってから、
曲を覚えるスピードや
パフォーマンスの精度はぐっと上がりました。
できないことを「できない」と言い切れるのは、
自信の裏返しなのかもしれませんね。
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