大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

*

「所詮同じ人間」という前提に立つ。

   

誰かにできて、自分にできないことを、
生まれや育ちの違いのせいにしてしまうのは、
私の思考のクセです。

人生は不公平。
死ななきゃ変われないんだ。
どうせあたしなんか。。。。

こうした思考のクセは、
自分がなにかできないことの言い訳にはなっても、
なるほどと腑に落ちて、気持ちを解放してくれるような、
ポジティブな答えにはなりません。

こんなときは、
気持ちがネガティブな方向に流れるのにブレーキをかけず、
やさぐれるだけやさぐれるのが私流。

ネガティブが一周すると、
ふとプラスの思考に向かうひらめきが芽生えるからです。

 

じゃあ、そんな恵まれた人たちと私は、何が違うんだ?

 

黒人の歌にあこがれて、
でも、絶対に自分はあんな風に歌えないと、
日々落ち込んだり悩んだりしていた頃もそうでした。

 

所詮、同じ人間でしょ?

鼻の穴は2つ。
腕は2本。
カラダのつくりはみな一緒。
・・・本気で、こんなことを考えていました。

黒人に歌えて、私に歌えない理由は、
じゃ、なんなの?

遺伝子ってなに?
黒人の遺伝子持っている人は、
誰だって歌がうまいっての?

っていうか、なんで黒人の歌が最高って思うの?

 

「それは、一握りの、特別な人だけができること」。

プロになりたい、
歌手になりたいというたびに、
そんな風に、おとなたちに言い聞かされ、
もっと安全な生き方があるじゃん、
あきらめなくちゃ、無理なんだと、
自分を納得させようとしている自分もいます。

しかし、一方で、
「違う人間」と考えることは単なる逃げなんじゃないか、
目に見えないゴールに向かって、
果てしない研究や努力を強いられる時間を、
回避しようとしているだけなのではないか、とも思えました。

 

そうなると、自分には無理だと納得させる方法は、ただひとつです。

徹底的に研究してみる。
徹底的にやってみる。

それでできなかったら、
あぁ、やっぱり、「所詮同じ人間」説は、
浅はかな思い込みだったのねと、納得できるに違いない。

その代わり、やるなら絶対に妥協せず、
徹底的にやろう、と心に誓いました。
自分に言い訳して生きるのはもうおしまい。
もっとがんばっていればできたかも、
という余地は残したくなかったのです。

とはいえ、何からはじめたらいいのか、
さっぱりわかりません。
とにかく歌う。
これしか思いつきませんでした。

父が買ってきてくれたダイアナ・ロスのレコードにあわせて歌う。
これが、私がハマリにハマった完コピの原点です。

最初はメロディを覚えるのと、
テンポに遅れないように歌詞を歌うので精一杯でした。

速いテンポの16ビートに乗せて、
小気味よくことばを刻んでいく。

あぁ、英語ってカッコいいよなと、
しみじみ思ったものです。

なんといっても、音の要素が多い。
ちゃんとは聞こえてこなくても、
うっすら発音されている音が、たくさんあります。

たとえば、

ア シ バ ザ テレ フォ ウェ リン フォ

と歌うのがやっとの16ビートの刻みの裏に、

I sit by the telephone waiting for

という細か〜い母音や子音の要素がいっぱい入っている。
そんな細かい音が歌に音楽的な深みにを与えていました。

辞書を片手に歌詞カードの上に発音記号を並べます。
いやー、しつこい。
I も sit も by も、ぜ〜んぶ調べました。

だって、電子辞書はありません。
もちろんインターネットで、
ネイティブが発音している音を聞けるわけでもありません。

ちなみに言うと、
レコードかカセットテープしか再生手段がなくって、
再生スピードさえ変えられません。

「あの頃は大変だったんじゃ自慢」は年寄りの証拠ですが、
不便と貧乏を変えたいというエネルギーが人間を動かすのは、
いつの時代も変わらないのでしょう。

発音記号を見ながら、ゆっくり練習した英語を、
歌に乗せてみる。

すると、それまで平たく聞こえていた自分の歌が、
少しだけ立体的になりました。

しかし、小気味よくビートを刻む感じになりません。

タ タタタタタタタタタ という16ビートに

I  sit by the tel-e-phone wait-ing for を

パキパキっと、ドラムがビートを刻むように乗せたいのに、
母音がパキッと発音できない。

パキッと発音すると、声がかたくなる。。。

語っていると止まらなくなります。
マジでしつこい(^^)

この曲はダイアナ・ロスのベスト盤の1曲目に入っていた曲ですが、
こんな調子でアルバム1枚を完コピしました。

ダイアナ・ロスの7色に変わる不思議な声の音色を真似て、
いろんな発声を試しました。
表情が見えるような表現力に魅了されました。

軽いディトーションがポンとかかるポイントがカッコよくて、
チカラの入れ具合を研究しました。
最初は都はるみさんのコブシみたいになっていたんですが、
やがて、ちょっとずつ仮声帯の鳴らし方がわかるようになりました。

声の強さが1フレーズの中で微妙に変化する感じを、
何度も真似しました。

やればやるほど楽しくて、奥が深くて、
少しずつだけど、歌えるようになっていく自分がいる。

こんなオタッキーなミクロなことを毎日毎日、
何時間もやっていると、
だんだん、いろいろな人の歌を聴いた瞬間に、
さまざまな情報が自分に流れ込んでくるようになります。
カッコいい、悪い、という判断も、できるようにもなりました。

単に、「黒人の歌って、すごい」が、
「ダイアナ・ロスの歌は、声のここが、リズムのこんなところが、メロディのこんなとらえ方がすごい」とひとつひとつわかるようになっていきました。

こんな完コピを、300曲やりました。

 

どんなことも、
単に「すごい」と思っているうちは絶対に距離は縮まりません。

なぜ、どんなところが、どんな風に、と、
自分で自分を納得させられるまでやってみる。

300曲完コピして、
やっと自分の歌に出会えた私は、
まぁ鈍才中の鈍才なわけですが、

その頃築き上げた財産は、
今もMTLの日々のレッスンの中に生きています。

あきらめられなくてよかった。
オタクでよかった。

だから、まだまだ、語り続けます。

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