「空気読め」とか、違くないか?
生まれて初めてアルバイト情報雑誌を買って、
バイトを探した時は、
一体みんな、何を基準に
バイト先を決めているんだろうと、
途方に暮れたものです。
「やっぱり条件でしょ。
時給と、週何回、何時間、とかだよね。」
大学に入学したばかりで、
学校もバンドもデートも忙しかった私は、
最低限のお小遣いが稼げればいいやと、
「週2回、5時間から可。時間応相談。」という条件に引かれて、
新宿の有名デパートに入っていた、
老舗のFレストランでウェイトレスのアルバイトをはじめました。
生まれて初めての、
飲食関係でのバイトは、何もかもが新鮮でした。
さすがFレストラン。
バイトにもきちんと教育時間を取ってくれて、
ナイフやフォークをシルバーと呼ぶということから、
配膳用のトレー=トレンチの持ち方、
オーダーの手順から、ちょっとした隠語まで、
丁寧に教えてくれました。
楽屋裏のようなスタッフの休憩室や、
キッチンの中をのぞくのも楽しくて、
まぁ、私なりに、毎回楽しくバイトをさせてもらっていました。
大学の授業が早く終わる平日の午後、
そして、土曜日に5時間。
あまりお客さんが来なくて静かな平日は、
お店の中の汚れたところを見つけてはせっせと掃除しました。
土曜日は一転、戦場のようになるホールで、
時間いっぱい、一所懸命働きました。
思い返しても、なかなかいい仕事をする、
よきアルバイトだったと思います。
とある土曜日、
約束の15時に上がろうとしたら、
ボーイ長にいきなり呼び止められました。
「キミさ、土日、もうちょっとちゃんと働く気ないの?」
え?あ、すみません。
いろいろ予定があるので。
「必要ない時にばっかり自分の都合で来て、
忙しい時に知らん顔して帰られてもね。
そんなことやってたら、
社会の役に立てないおとなになっちゃうよ。」
正直、びっくりしました。
あんた、何言ってんのよ?です。
こちらは、出された条件通り、一所懸命働いています。
サボっているどころか、
仕事がなくても、仕事を探してがんばっている。
「空気読めよ」みたいな、ボーイ長の言いぐさが、
まったく納得できませんでした。
「そちらが出している条件と、
こちらの都合が合うから、働かせてもらうことにしました。
ということは、今のシフトでしか入れないなら、
私は役に立たないということなんですね?」
生意気なティーンエイジャーだった私は、
ボーイ長の目を見て、そう言いました。
ボーイ長の顔色が変わりました。
「そういうことだね」
「わかりました。やめさせていただきます。」と、
その場でバイトをやめた私には、
今思い返しても、非はなかったと思います。
いや、あったとすれば、
おとなの都合に合わせられなかったこと。
空気が読めなかったこと。
知るかい、です。
こどもの頃から、
どんなに些細なこともきちんと文書化すること、
どんな文書も、きちんと最初から最後まで読むこと、
盲判はけして押さないことを
父に徹底的に仕込まれました。
契約に厳しい建築関係の仕事をしていた父は、
おそらく、何度も痛い目ににあったのでしょう。
「文書化されたものがすべて」という思想は、
今も私の中に脈々と受け継がれています。
書いてあることがすべて。
つまり、書かれていないことは、条件にはないんです。
「空気読め」などというのは、条件を出す側の怠慢。
「全てを語らないことで効果的なウソをつく」という手法です。
だから、どんなに細かいことも、
相手に期待することは明文化する必要があるし、
文書化されていないことを相手に期待して、
相手がその通りに動いてくれなかったとしたら、
それは、こちらの責任なのです。
あの時のボーイ長の呆れたような顔は、
今も脳裏に焼き付いています。
残念ながら、私、
立派に社会のお役に立てるお仕事をさせてもらってますよ。

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