大槻水澄(MISUMI) Blog 『声出していこうっ!』

ボイストレーナー大槻水澄(MISUMI)が、歌、声、音楽、そして「生きること」をROCKに語ります。

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表現力ってなんだよっ!

      2022/09/08

「いやー、ベッドミドラーは、ほんっとに表現力が素晴らしいよね」

修業時代、
当時、音楽的なことをいろいろ教えてくれた大先輩が
いきなりそんなことを言出すので、
一瞬、え?と思いました。

忘れもしません。
それが、「表現力」ということばをはじめて意識した瞬間です。

ベットミドラーといえば、
日本では映画『ローズ』や『フォーエバーフレンズ』などが有名ですから、
「歌も歌える女優さん」的なイメージを持っている人も少なくないと思いますが、
実際は、シンガーとしても、3回のグラミー賞を手にしている、
押しも押されぬ大スター。

ですが。。。
当時、ホイットニーやチャカのような、
いわば、「わかりやすくうまい歌」、
「大きい歌」「派手な歌」に夢中だった私は、
このベットミドラーのどこがどう素晴らしいのか、
なにがいったいうまいのか、
正直まったくわかりませんでした。

いや。大好きだったんです。
ベットミドラー。
今でも好きだし、もちろん、完コピも、何曲もやりました。

でもね、わからんかったんです。

特別音域が広いわけでもない。
声が立派なわけでも、超絶技巧なわけでもない。
“ローズ”だって”アンダーザボードウォーク”だって、
言ったら、誰だって歌える歌です。

でもね、いい。
ただ、いい。ぐっとくる。
やっぱりベットミドラーの歌じゃなくちゃダメ。

こういうのが一番困るんです。
わかんない。なにがいいのか、どこがすごいのか。

だから、真似できない。
というか、やっても、やっても、
単なるモノマネ以上のものにならない。

そうなると、最後は、
「まぁ、オーラなんだよね」とか、
「存在感なんだよね」とか、
「人としてすごいってことなんだよね」となって、
ため息をついて終わることになります。

もうさ、どういうこと?
表現力って、なんだよっ!

型どおりの同じスピーチをしても、
伝わる人と、伝わらない人というのがいます。

いわゆるアナウンサーのように、
抑揚を押さえて、平板に読むから伝わらないのかといえば、
そんなことはなく、
大袈裟に抑揚をつけても、なんだわざとらしくて聞き手が冷める。

表現力といえば、
もちろん、「伝えるテクニック」を指す場合が多いし、
私もそう考えてきたけれど、

今は、テクニック以前、
誰に、何を、どう伝えたいか、という、
マインドセットの問題なのではないかと、
考えています。

この歌を、誰に届けたいか。
そこを明確にする。
その人は今、どこにいて、何を感じているか。
その人に何を伝えて、どんな気持ちになって欲しいのか。

難しいと思うかもしれませんが、
私たちは日頃。こんなことを普通にやっています。

「雨が止んだら 虹が出る」

ということばを、
試合に負けて凹んでいる子供に伝えるときと、
いつまでも別れてくれない面倒な相手に伝えるときと、
セミナーで現役バリバリのビジネスマンたちに伝える時とでは、

こちらの気持ちも、受け手の思いも、全然違う。
だから、自然に、優しい声で励ますような調子になったり、
無表情で突き放すように言い放ったり、
高揚感のある、エネルギーあふれるようすで話したり。

そんなことを歌の中で自在にやるのが、表現であり、
それを感じたとおり、思った通りに、
過不足なく相手に伝え、
相手の感情を、自らが描く方向に導く力が
真の表現力なのです。

いわば、表現力は、
テクニックの、もうひとつ先にあることであり、
テクニック以前、自分は何をどう歌いたいかという基本であり、
そして、テクニックを磨く理由でもあるわけです。

あなたは、その歌を、どんなマインドで歌いますか?

2016年には、もう少しテクニック寄りで、表現力について書いています。
よかったらそちらも。

「歌の表現力」ってなんだ?

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