「こんな曲やるくらいなら、あたし、バンド辞める」
カバー曲ばかりやっていた学生時代、
すでに社会人バンドでがんばっていた高校時代のバンド仲間に、
「え〜?まだコピーとかやってんの?だっさい」と言われて、
はじめて、「コピーをやってるのって、だっさいんだ」、
という意識が芽ばえました。
まぁ、まだドへたくそで、コピーとは名ばかりのなんちゃって&劣化コピーでしたし、
とても自分たちのレパートリーに昇華した「カヴァー曲」と呼べるような出来でもありませんでしたから、言いたくなった彼の気持ちも、わからなくもない。
とはいえ、正直、「だっさいオリジナルやってるなぁ」と思ってた彼に(ごめん)、
「だっさい」呼ばわりされたことは本気でショックでした。
小学校時代、作曲コンクールで入選した曲を、
全校生徒の目の前で(音楽教員に)盗作呼ばわりされたことがトラウマになって以来、
どうしても曲を書く勇気が出なかった私。
バイト帰りの道すがら思い浮かんだ歌詞に、必死の想いでメロディをつけた曲を、
へたくそな弾き語りでカセットに吹き込んで、
勇気を振り絞って、
当時やっていた学生バンドの選曲会に持ち込みました。
「こんな曲やるくらいなら、あたし、バンド辞める」
曲を聴くなり、キーボードのSちゃんが、そう言うのです。
はなから、自信があって持ち込んだ曲ではありませんでしたから、
あ、そうなんだと、家に持ち帰ったものの、
そこで、いや、ちょっと待て、となったのです。
たしかに、あたしの曲はイマイチかもしれないけど、
こんな曲だって、アレンジがカッコよくなれば、
いい曲になるんじゃないのか?
Sちゃんが「こんな曲」って言ったのは、
あたしのまずい弾き語り以上に曲のイメージが膨らまなかったからで、
ホントのホントに曲がイケてないのかどうかは、
ちゃんとアレンジしてやってみなくちゃわかんないんじゃないのか?
そして、あのバンドでは、それはきっと無理なんだ…。
生意気にも、そんな風に思ったのです。
その時、長い間書こうともしなかった曲を、
もっと書いて行こうと決めました。
いつか、アレンジの才能のある誰かが、
私の曲に興味を持ってくれるときのために、
とりあえず思いつくまま、書きためて行こうと決意したのでした。
このできごとは、私の音楽人生の大きな転機になりました。
勇気を奮い起こして、1歩前に進んだからこそ、
曲を書いて、みんなに聞いてもらったからこそ、
Sちゃんにバサリと切って落とされたからこそ、
次の道が開けたのです。
人生に無駄はありません。
前に踏み出せば、必ず次の道が開ける。
まだまだ路地裏の薄暗い道ではありましたが、
ちっちゃいドアがあいた瞬間でした。
オリジナル曲のアレンジについて書くつもりだったんですが、
あまりにも昔のことから書き始めたので、
とても終わりそうもないから、今日はここまで。
また、続きを書きます。

■無料メルマガ『声出していこうっ』。プライベートなお話からマニアックなお話まで、ポップな感じで綴っていきます!(ほぼ)毎週月曜発行!バックナンバーも読めますよ。
関連記事
-
-
今は昔、「スタジオ」というマジック。
私がスタジオのお仕事をはじめた80年代。 レコード会社や制作会社からお仕事を引き …
-
-
「才能」ってなんだ?
若かりし頃から、 「恵まれた人」に対する強烈なコンプレックスを抱えて生きて来まし …
-
-
「情報」を正しく伝えるだけじゃ、 人は感動しないんだ。
「声って重要じゃないですか! プレゼンでも、講演でも、やっぱ、声だもんなぁ。」 …
-
-
Proud.〜第2期MTLネクストが終了しました〜
昨日、第2期MTLネクストの最終プレゼンテーション、 発表会が終了しました。 2 …
-
-
自らの夢想の傍観者でいてはいけない。
「MISUMIちゃんの書くような曲なら、俺、100曲書けるぜ。」 ずいぶん昔のこ …
-
-
スタートを切る
いつも「空想」に成り下がる 私の思考 私の思想 人に甘え 時代に溺れ 平凡な日々 …
-
-
「僕、ミュージシャンでやっていけるでしょうか?」
「僕(私)、ミュージシャンでやっていけるでしょうか?」 という質問に、即座に「も …
-
-
「やりたい」と「できる」と「やる」
「音大目指すなんて、今からじゃ無理よ」 中学2年の時に、 とある音楽教室の先生に …
-
-
年齢が気になりますか?〜チャンスはいつもフィフティ、フィフティ〜
なかなか将来の見えなかったアマチュア時代。 周りの友人たちは次から次へとお仕事を …
-
-
「できない気がしない」自分を信じる。
「できない」「無理だ」と思えたら、人生はどんなに楽だろう。 高校時代から、現在に …
- PREV
- きっと、低気圧のせい
- NEXT
- 「これでいいのだ」ってとこまで追い込んだら「それでいいのだ」。
